恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「場所を変えよう」

 私は落としたコンビニの袋を拾い上げながら、ここが会社のすぐ近くだったことに気づいて、どこか違うところで話そうと提案した。
 平和的に話ができればいいけれど、先ほど平手打ちされた経緯から、場合によっては梓が唐突に激高する可能性もまだ残っている。
 そんな場面を同じ会社の人間に見られるのは非常にまずい。

「向こうにカフェがあるから、そっちで」

「なんで? 私たち、カフェでのんびりおしゃべりするような仲じゃないでしょ? 友達ですらない」

「そうだね」

 彼女の言うように、私たちはもう友人関係ではないし、あのころのように戻れるとは私も思っていない。
 だけど今日だけでも、せめて人目のつかない場所で落ち着いて話ができたらと考えただけだ。

「暑いから、どこか涼しいところに行こう」

「なによ、そんなにここで話すのが嫌なの? 誰かに見られるのが怖い?」

「……うん」

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