恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 彼女の言うように、私が秘書になったときには、もうすでに唯人さんは梓と出会っていた。彼が梓へのプレゼントを買う場面に私は立ちあっているので、それは間違いない。
 あのピアスを選んだのは私だと、彼女はさすがにそこまでは知らないようだ。余計なことは言わないでおこう。

「やっぱり。彼の恋人が私だって最初から知ってたのね。相手が私だからちょっかい出してやろうと(たくら)んだんでしょ。彼になにを吹聴(ふいちょう)したの?」

 梓の声はどんどん大きくなり、睨みつける目つきもキツさが増しているし、興奮しているせいか顔や喉元に赤みがさしてきている。
 まるで沸騰寸前のヤカンのようで、私は怖くなって無意識にあとずさった。

「待って。梓は唯人さんと本当に付き合ってるの? そしたら彼が二股してることになる」

「はぁ? なに言ってるの? 二股じゃなくて、私と付き合ってたのにアンタが横から奪い取ったの! 話をすり替えてんじゃないわよ」

 どうやら梓の頭の中では、私が彼女から略奪した形になっているみたいだ。唯人さんが私に乗り換えたのだ、と。
 梓の思い込みが激しいところを加味すれば、それはにわかに信じがたい。

「彼、私とはもう会うつもりはないし連絡もしないって、半年くらい前に急にメッセージしてきたわ。理由は教えてくれなかったけど、他に女が出来たんだってピンときた」

 彼女の高いヒールがコツンと音を立て、私があとずさりした分だけ距離を詰めてくる。

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