恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「そしたらアンタだった。よりによって。昔となにも変わってないのね」

「……梓」

「ねぇ、そんなに私が憎い? ていうか恨みがあるのは私のほうなんだけど!」

 梓が私の左肩を威圧するように右手で小突いた。
 なんとか彼女を落ち着かさなければいけないが、その方法が全然思いつかない。

「どうやって唯人さんを誘惑したのよ。人の男を()るのが趣味なのね」

「……違うから」

「違わないでしょ! 高校生のころも私の彼氏を盗ったくせに否定しないで!!」

 もう一度、今度はかなり強めに左肩の同じ箇所をドンッと突かれ、私は後ろによろめいた。
 地面に倒れこまずに済んでよかったけれど、鬼の形相になっている梓を目にし、私は一気に恐怖心が湧いてきてしまう。
 
 なぜかこんなときに、親友だったころの彼女のやさしい顔が頭に浮かんできて、なんとも言えない気持ちになった。
 彼女を今みたいな“鬼”にしてしまったのは私なのかもしれないと考えたら、悲しくて胸がいっぱいになってくる。

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