恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「たしかに唯人さんとは付き合ってるわ。それは否定しない。でも、昔の阿部くんのことは絶対違うから」

「なにそれ」

 唯人さんを盗ったつもりはないとか、言いたいことは山ほどある。だけど私が今どう話してみても、梓にとっては言い訳にしか聞こえないだろう。
 激高した彼女が聞く耳を持たないのは昔と同じだ。なので認めるところは認め、違う部分は否定をする、シンプルにそれだけでいいと思った。

「開き直るわけ? 返しなさいよ」

「……え?」

「唯人さんを、私に返せ!!」

 大通りの歩道で顔を真っ赤にした梓の怒号が響き渡り、私たちは瞬間的に行き交う人々の視線を集めた。こうなるのは予想できた。だからここで話すのは嫌だったのだ。
 私は脱力しつつ、うつむき加減で小さく溜め息を吐いた。

「梓、返せって言われても唯人さんは物じゃないよ。彼にも意思はある。それに、私は梓のために別れたりしない」

「なんですって!」

 梓が右手を振り上げた。今度は肩を突くどころではなく、また平手打ちをするつもりのようだ。
 そうしないと彼女の気が済まないのなら、立ち尽くしたままそれを受け入れるべきだろうかと考えていたら、コツコツと誰かの足音が聞こえ、梓が振り上げていた手を掴んで止めた。

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