恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
「おい、やめろ!」

 声に怒りの色を乗せながら、私たちのあいだに割って入ったのは唯人さんだった。
 他の社員に目撃されるかもしれないと懸念していたものの、偶然通りかかったのがまさか当事者である唯人さんだとは。

「梓さん、君は俺の恋人じゃないだろう? なのにわざわざ莉佐に恨み言をぶつけに来ないでくれ」

 唯人さんが語気を強めながら梓に言葉をかけた。
 梓は私を(ののし)る場面を彼に見られたのがショックだったのか、急に顔から血の気が引いて、口元が震えていた。彼に対しても返事をせずに押し黙っている。

「俺が梓さんと少し話す。莉佐は会社に戻れ」

「でも……」

「いいから」

 唯人さんは梓の手首を掴んだまま、俺に任せろと目で合図をして私の言葉を(さえぎ)った。 
 私だけならまだしも、副社長である唯人さんまで路上で揉めさせるわけにはいかない。

「わかりました。でも、場所は変えてください」

「……そうする」

 唯人さんは私の意見を聞き入れてくれて、梓の手首を引っ張って会社とは逆方向に歩いて行った。
 梓も観念したかのように、嫌がる素振りも見せずに素直に従っていて、その様子に私は少しだけホッとした。ここでこれ以上騒がれなくてよかった、と。

 だけど大丈夫だろうか。きちんとふたりの話し合いが済むのか、それがとても心配だ。

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