おじさんには恋なんて出来ない
第一話 (42)、独身に戻りました
 日向辰美(ひゅうがたつみ)は早く帰宅したことを後悔した。

 事は、約三十分ほど前に遡る。最近残業続きで、少し体に疲れが溜まったと思ったので、仕事を早めに切り上げて帰宅することにした。

 家には妻の雪美(ゆきみ)がいるはずだった。せっかくなので晩ごはんのおかずを百貨店で買って帰り、雪美の好きなデザートも買った。驚かせようと思っていた。

 しかし、辰美は帰るなり驚いた。

 まず一番最初に驚いたのは、玄関に見慣れない靴が置いてあったことだ。辰美が履かないような、若者向けの────男が履きそうなデザインだった。

 だが、その時はまだ頭が覚醒していなかったた。自宅に客人が上がる事は滅多となく、結婚してから平和な日常を送ってきたため、悪い事は全く想像しなかった。

 家に上がり廊下を過ぎると、真正面にリビング、ダイニングキッチンがある。その横に夫婦の寝室と、辰美の仕事部屋があった。

 だが、リビングに雪美はいなかった。ダイニングキッチンにも。

 雪美は専業主婦だから家にいるはずだった。買い物にでも行っているのだろうか。そう思ったところで、物音が聞こえた。

 音は寝室の方からだった。辰美は深く考えず寝室に向かった。雪美が片付けでもしていると思ったのだ。

「雪美、帰ったよ」

 まだ昼間だったので、部屋の中はいつも帰宅する時よりも遥かに明るかった。だから、ベッドがよく見えた。

 その瞬間、辰美は目を点にした。放心し、体が硬直した。

 辰美が固まるのと同時に、いつもよりやけに盛り上がったベッドがまるで寄生虫でも這っているかのようにうごめいた。ベッドから出た二つの頭を見て、ようやく辰美は理解した。

「あ、あなた……! なんで────」

「なんで」は俺の方だ。そう言いたかったが、あまりのことで声が出なかった。

 辰美が硬直しているのとは真反対に、ベッドの中にいた二人の人間は大慌てだ。こういうシーンをドラマで見たことがあるが、あれは実にリアルに再現できていたのだろう。

 生まれたままの姿で出てきた雪美と知らない男。二人はとても青ざめていた。

 とにかく服を着ようとしている男は、雪美なんかそっちのけでベッド脇に落ちた靴下やらシャツを拾っている。若い男だった。パッと見三十代────いや、二十代後半だろうか。細い体と明るい髪色。自分とは真反対の男だ。

「あ、あなた。聴いて。実は────」

「……君は帰りなさい。雪美は、服を着て」

 辰美は冷静になり、ようやく声が出た。頭が真っ白になったが、どうにか持ち堪えた。

 男は着替えるなり脱兎の如く部屋から出て行った。残された雪美は辰美ではなく、男が去った方を見ていた。
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