おじさんには恋なんて出来ない
以前なら高そうな店に行くと気後れすることがあったが、この六年で色々経験したからもうそれほど驚くことはない。
ただ、今は辰美と一緒だからいつもよりかなり緊張している。
こうしている間にも、以前の自分達に戻れないかと期待していた。
────これじゃ、前の奥さんと同じだよね。
自分はあれほどヒステリックにはならないと思うが、考えていることは同じだ。辰美の行動を自分に都合よく解釈している。辰美にはそんな気なんてないかもしれないのに────。
「……すみません。やっぱりご迷惑でしたか」
「えっ」
席に着いてしばらくして、目の前に座る辰美の方から声が聞こえた。
美夜はハッとして顔を上げた。
「突然誘って驚いたと思います。あんなことがあって……きっと、都合がいい男だと思ったでしょう」
「そんな……そんなことありません」
むしろ、都合がいいのは自分の方だ。辰美が誘ってくれたことを迷惑に思うことなんてない。
「嬉しかったです。私は……ずっと……」
あなたのことを想っていました、なんて言えない。けれど未練がましく彼の曲を何度も弾いているのを知られているから、否定してもあまり意味はないかもしれない。
『変わらぬ愛を。』あれは、自分の気持ちだ。そして辰美に願ったことだ。
「少し……昔話をしてもいいですか」
美夜はこくりと頷いた。
「雪美を……元妻と裁判をしました。かなり時間が掛かりましたが、慰謝料も取って、ひとまず終わりました。それ以降、彼女も大人しくしているみたいです」
「そう、ですか……」
「美夜さんにはその件でご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。貰った慰謝料は使わずにとっています。迷惑料ということで、受け取ってもらえませんか」
「えっ……そんな、いりません! 私は別にお金なんて……確かに、あの件で色々ありましたが、私なんかより辰美さんの方がずっと傷付いたじゃありませんか……」
「俺も、最終的には裁判に勝って、会社にも報告しました。いい部下がいて……それに助けられたんです。だから、今もこうして会社にいられます」
「そうですか。良かった……」
「お金を取りたくて裁判したわけじゃないんです。ただ、君を……これ以上、傷つけられたくなかった。だから、受け取ってください」
────もしかして、辰美さんはお金を渡したくて私に声を掛けたの?
当時辰美が自分を守ろうと必死だったということは伝わった。けれど、その罪滅ぼしのためにこうして会いに来たのなら……喜べない。
勘違いしていたのだろうか。辰美があの花を贈ってくれたから、まだ自分のことを好きでいてくれているのかもしれないと思った。
けれどあの花すらそんな理由で贈られたものだったのなら、こんなに悲しいことはない。
「……いらないです。今更、私に謝るために会いに来たんですか。お金を受け取ってもらうために食事に誘ったんですか。そんなの……」
じわりと涙が滲む。
確かに。再会を望んでいた。辰美ともう一度会いたいと思っていた。自分がこうして想っていたように、辰美もそうであることを願った。あの曲が辰美の心に届くことを願ったのに。
けれど、そうじゃなかったのだ。
「……ごめんなさい。帰ります」
美夜は財布から五千円を抜き取ると、テーブルの上に置いた。そのまま足早に店を出た。
感動の再会だなんて、馬鹿馬鹿しい。現実はそんなにロマンチックじゃない。六年間も続く想いなんてあるわけないのに、何をドラマみたいなことを期待していたのだろう。
「美夜!」
名前を呼ばれた。 美夜が歩みを止めると、横から焦った辰美が現れた。
「……なんですか」
追いかけてきてくれて嬉しいのに意地の悪いことを言ってしまう。
「不愉快にさせてすまなかった。お金のことは……俺は、お金を受け取って欲しくて君を誘ったんじゃない。ただ……どうしても……」
────じゃあ、なぜ?
辰美はなんだか躊躇っているように見えた。
「座って、話そう」
ついて来いということだろうか。辰美は足を駅の方に向けた。このまま道端で突っ立っていても仕方ない。美夜は辰美に続いて歩いた。
ただ、今は辰美と一緒だからいつもよりかなり緊張している。
こうしている間にも、以前の自分達に戻れないかと期待していた。
────これじゃ、前の奥さんと同じだよね。
自分はあれほどヒステリックにはならないと思うが、考えていることは同じだ。辰美の行動を自分に都合よく解釈している。辰美にはそんな気なんてないかもしれないのに────。
「……すみません。やっぱりご迷惑でしたか」
「えっ」
席に着いてしばらくして、目の前に座る辰美の方から声が聞こえた。
美夜はハッとして顔を上げた。
「突然誘って驚いたと思います。あんなことがあって……きっと、都合がいい男だと思ったでしょう」
「そんな……そんなことありません」
むしろ、都合がいいのは自分の方だ。辰美が誘ってくれたことを迷惑に思うことなんてない。
「嬉しかったです。私は……ずっと……」
あなたのことを想っていました、なんて言えない。けれど未練がましく彼の曲を何度も弾いているのを知られているから、否定してもあまり意味はないかもしれない。
『変わらぬ愛を。』あれは、自分の気持ちだ。そして辰美に願ったことだ。
「少し……昔話をしてもいいですか」
美夜はこくりと頷いた。
「雪美を……元妻と裁判をしました。かなり時間が掛かりましたが、慰謝料も取って、ひとまず終わりました。それ以降、彼女も大人しくしているみたいです」
「そう、ですか……」
「美夜さんにはその件でご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。貰った慰謝料は使わずにとっています。迷惑料ということで、受け取ってもらえませんか」
「えっ……そんな、いりません! 私は別にお金なんて……確かに、あの件で色々ありましたが、私なんかより辰美さんの方がずっと傷付いたじゃありませんか……」
「俺も、最終的には裁判に勝って、会社にも報告しました。いい部下がいて……それに助けられたんです。だから、今もこうして会社にいられます」
「そうですか。良かった……」
「お金を取りたくて裁判したわけじゃないんです。ただ、君を……これ以上、傷つけられたくなかった。だから、受け取ってください」
────もしかして、辰美さんはお金を渡したくて私に声を掛けたの?
当時辰美が自分を守ろうと必死だったということは伝わった。けれど、その罪滅ぼしのためにこうして会いに来たのなら……喜べない。
勘違いしていたのだろうか。辰美があの花を贈ってくれたから、まだ自分のことを好きでいてくれているのかもしれないと思った。
けれどあの花すらそんな理由で贈られたものだったのなら、こんなに悲しいことはない。
「……いらないです。今更、私に謝るために会いに来たんですか。お金を受け取ってもらうために食事に誘ったんですか。そんなの……」
じわりと涙が滲む。
確かに。再会を望んでいた。辰美ともう一度会いたいと思っていた。自分がこうして想っていたように、辰美もそうであることを願った。あの曲が辰美の心に届くことを願ったのに。
けれど、そうじゃなかったのだ。
「……ごめんなさい。帰ります」
美夜は財布から五千円を抜き取ると、テーブルの上に置いた。そのまま足早に店を出た。
感動の再会だなんて、馬鹿馬鹿しい。現実はそんなにロマンチックじゃない。六年間も続く想いなんてあるわけないのに、何をドラマみたいなことを期待していたのだろう。
「美夜!」
名前を呼ばれた。 美夜が歩みを止めると、横から焦った辰美が現れた。
「……なんですか」
追いかけてきてくれて嬉しいのに意地の悪いことを言ってしまう。
「不愉快にさせてすまなかった。お金のことは……俺は、お金を受け取って欲しくて君を誘ったんじゃない。ただ……どうしても……」
────じゃあ、なぜ?
辰美はなんだか躊躇っているように見えた。
「座って、話そう」
ついて来いということだろうか。辰美は足を駅の方に向けた。このまま道端で突っ立っていても仕方ない。美夜は辰美に続いて歩いた。