おじさんには恋なんて出来ない
 日曜日の夜。美夜はヒロに呼び出されて繁華街のとあるレストランに来ていた。

 結婚式の演奏依頼のこともあり、一度会って挨拶したいと言うことだった。

「こっ……こんばんは! いつも、ジョウン様のライブで拝見してますっ」

 ヒロの結婚相手は会うなり興奮気味に口元を押さえながら挨拶してきた。ジョウンと言うのが、彼女が推す韓流アイドルだ。

「悪い。こいつ《《ジョウン様》》のことになると手がつけられなくなるから」

「ちょっと!」

 さすが高校の時の同級生だ。こういう掛け合いは自分と辰美にはないなあ、と美夜はぼんやり考えた。

 食事をしながら曲をどうしようか、当日はどんな演出にしたらいいか話し合う。もうすぐ結婚するだけあって、二人は仲が良い。結婚式も楽しみにしているようだった。この二人の結婚式なら、きっといい式になるだろう。

「そういえば、ミヤさんはご結婚はしてらっしゃるんですか?」

 ふと、ヒロの結婚相手が尋ねた。

「いえ、残念ながらまだ未婚なんです」

「彼氏いるって言ってなかったか?」

「いますけど、まだそういう段階じゃなくて」

「業界の人?」

「いえ、サラリーマンです」

「仕事が違うと、時間が合わないんじゃないですか。うちもそうなんです。私会社員だから」

 言わんとしていることは分かる。夜型の音楽業界と昼型の一般人では、生活のリズムがまるで違う。美夜はまだ寝ている方だが、忙しい人ともなれば睡眠二時間なんて人も珍しくない。

 昼間に仕事することもできるが、都合上夜型になりがちなのだ。

 だからきっとヒロと彼女は大変な生活を送っているのだろう。理解がなければ継続できない関係だ。

「あの、ちょっと参考に聞きたいんですけど……。お二人はどうして結婚しようって思ったんですか?」

 ヒロの結婚相手がちらりとヒロの方を見る。

「まあ単純に、一緒にいる時間が増えるし……俺が忙しくて会えなくなることが多いから」

「離れてるよりちょっとでも一緒にいた方が何かあった時に協力できるじゃないですか。それに彼氏彼女ってなんていうか、非公式な関係っていうか……ヒロの場合、あれこれ言われることが多いので、それだったら結婚しようってなったんです」

「……なるほど」

「何? 悩んでるのか?」

「悩んでるというか、迷惑かけてないかなとは……思ってます。会う時間もないし、気を遣わせてばっかりだし、なんか、全然……彼女らしくないなって」

 辰美の性格で音楽をやめろと言うことはないだろう。彼はいつも応援してくれている。だから、辛いのだ。

 辰美に我慢させているのだと思うと、どっちつかずな自分が憎らしい。けれど結局ピアノを捨てることはできない。口先だけのような人間に思えてくる。

「そんなに悩むんだったら話し合ったらいいんじゃないか? 彼氏になんか言われてるのか?」

「言われてはいないんですけど……」

「まあ、喧嘩になる前に話し合った方がいいと思うぞ。うちはそれで何回も喧嘩してるから」

「自慢しない!」

 ────やっぱり、辰美さんにちゃんと謝った方がいいよね。でも謝っても現状を変えないと解決にならないし……。
< 116 / 119 >

この作品をシェア

pagetop