おじさんには恋なんて出来ない
レジに棒金をお詰め込みながら美夜はぼんやりと店の外を眺めた。
朝のピークが終わるとカフェはしばらく落ち着いた時間になる。美夜が上がる時間まであと二時間ほどだが、それまでは比較的ゆっくり過ごすことができた。
「毎日毎日サラリーマンばっかりね」
隣でカウンターの掃除をしている同僚バイトの萩原詩音が言った。確かに、朝の時間帯はサラリーマンが多かった。美夜の働いている店がオフィス外に近いからだろう。
けれどなんだか萩野の言い方だとサラリーマンが嫌いみたいに聞こえる。毎日眺めて嫌いになったのだろうか。
「そんなに嫌?」
「嫌っていうか、朝からくらーい顔して通勤してる人みたらこっちが滅入りそうじゃない。暗い顔のおじさんなんか見てもねえ。どうせ見るなら爽やかなイケメンがいいよ」
美夜は日向を思い浮かべた。日向はサラリーマンだから、この時間はすでに仕事しているはずだ。
だが、日向がダラダラと暗い顔をして出勤している姿は想像できなかった。きっと朝からビシッとしているに違いない。
「格好いいおじさんだっているよ」
つい反論してしまった。詩音はそういうつもりじゃないだろうが、なんとなく日向まで否定されている気分になった。
「ええ? そんなのいる?」
「いるよ。格好良くて紳士的な人」
「美夜ちゃんのファンの人?」
詩音は美夜が音楽活動をしていることを知っている。だが、流石にライブまでは来たことはない。詩音は好きなアイドルを追いかけるので忙しいため、バイト代のほとんどをグッズに突っ込んでいるような女性だった。
「うん」
「もしかして、芸能関係の人? かっこいい人なら紹介して」
「嫌だよ。その人は多分普通のサラリーマン。芸能関係じゃないよ」
「でも、格好いいっていうぐらいだから素敵な人なんでしょ? イケメン?」
「イケメンっていうか……顔も若い方だと思うし、落ち着いてるし、すごく親切でいい人」
「ふうん? その人って美夜ちゃんのこれ?」
詩音はわざとらしく親指を立てた。「古いよ」と美夜は詩音の腕を軽く叩いた。
日向のことは正直「好き」に近い感情で見ていた。憧れではない。この落ち着かない感情を「憧れ」で片付けることはできなかった。
だが、確信は持てない。日向は随分年上だ。本来、日向ような男性を好きになることはないだろう。涼のように若い男と付き合うのが普通だ。
しかし、美夜は日向なら自分を理解してくれるのではないかと思った。
涼は楽しい男であったが、夢に理解はなかった。真面目さもなかった。
日向は歳上だが、その分落ち着いていて達観している。頭ごなしに否定したりもしないし、夢を応援してくれて、自分を信じてくれている。それに男としても素敵だ。
楽しい想像ができるのは涼ではなく、日向の方だ。
「……いいなとは思ってる。でも、向こうは年上だし、私のことどう思ってるか分からない」
「でも、ライブに来てくれるんでしょ? なら絶対好意持ってるって」
「それはアーティストとしてでしょ?」
「それもあると思うけど、美夜のこと人として好きじゃなきゃ見にこないよ。あたしだって推しがイケメンで歌がうまいだけだったら興味なかったもん。性格込みで好きなのよ」
美夜はそうかもしれない、と納得した。
自分もおそらく、日向の人柄があるから好きなのだ。ファンとしてならお金を落としてくれて音楽を気に入ってくれればそれでいい。だが、日向はそうではない。
日向もそうなのだろうか。自分のことを少しは女性として見てくれているだろうか。
だが、自信はない。自分はあまりにも年下だ。もしかしたら娘のように思われてれているのかもしれない。いや、日向にも娘がいるのかもしれない。
「……既婚者だったらどうしよう」
「え、知らないの」
「うん……そういうことまでは聞いてない」
「一応確かめといたら? 美夜だって不倫なんかしたくないでしょ。ややこしいって」
日向が指輪をしていないことは確認済みだ。だが、男性の中には結婚指輪をしない男性もいるという。
現実的に考えて日向ような素敵な男性が独り身なわけがない。結婚していても不思議ではない。
なら、なぜ自分を誘ったのだろうか。
美夜は日向からメッセージが来るのを指折り待った。
だが、返事はすぐにでも来ると思っていたが、そうではなかった。一週間経ってもまだ来なくて、流石に心配になった。
本当に一緒に食事に行く気があるのだろうか。まさか今更騙していたなんてことはないだろう。
返事を待っている間もストリート活動は続けていたが、日向は来なかった。偶然だろうか。
けれど自分の方から催促もできなくて、もやもやした日々を過ごした。
朝のピークが終わるとカフェはしばらく落ち着いた時間になる。美夜が上がる時間まであと二時間ほどだが、それまでは比較的ゆっくり過ごすことができた。
「毎日毎日サラリーマンばっかりね」
隣でカウンターの掃除をしている同僚バイトの萩原詩音が言った。確かに、朝の時間帯はサラリーマンが多かった。美夜の働いている店がオフィス外に近いからだろう。
けれどなんだか萩野の言い方だとサラリーマンが嫌いみたいに聞こえる。毎日眺めて嫌いになったのだろうか。
「そんなに嫌?」
「嫌っていうか、朝からくらーい顔して通勤してる人みたらこっちが滅入りそうじゃない。暗い顔のおじさんなんか見てもねえ。どうせ見るなら爽やかなイケメンがいいよ」
美夜は日向を思い浮かべた。日向はサラリーマンだから、この時間はすでに仕事しているはずだ。
だが、日向がダラダラと暗い顔をして出勤している姿は想像できなかった。きっと朝からビシッとしているに違いない。
「格好いいおじさんだっているよ」
つい反論してしまった。詩音はそういうつもりじゃないだろうが、なんとなく日向まで否定されている気分になった。
「ええ? そんなのいる?」
「いるよ。格好良くて紳士的な人」
「美夜ちゃんのファンの人?」
詩音は美夜が音楽活動をしていることを知っている。だが、流石にライブまでは来たことはない。詩音は好きなアイドルを追いかけるので忙しいため、バイト代のほとんどをグッズに突っ込んでいるような女性だった。
「うん」
「もしかして、芸能関係の人? かっこいい人なら紹介して」
「嫌だよ。その人は多分普通のサラリーマン。芸能関係じゃないよ」
「でも、格好いいっていうぐらいだから素敵な人なんでしょ? イケメン?」
「イケメンっていうか……顔も若い方だと思うし、落ち着いてるし、すごく親切でいい人」
「ふうん? その人って美夜ちゃんのこれ?」
詩音はわざとらしく親指を立てた。「古いよ」と美夜は詩音の腕を軽く叩いた。
日向のことは正直「好き」に近い感情で見ていた。憧れではない。この落ち着かない感情を「憧れ」で片付けることはできなかった。
だが、確信は持てない。日向は随分年上だ。本来、日向ような男性を好きになることはないだろう。涼のように若い男と付き合うのが普通だ。
しかし、美夜は日向なら自分を理解してくれるのではないかと思った。
涼は楽しい男であったが、夢に理解はなかった。真面目さもなかった。
日向は歳上だが、その分落ち着いていて達観している。頭ごなしに否定したりもしないし、夢を応援してくれて、自分を信じてくれている。それに男としても素敵だ。
楽しい想像ができるのは涼ではなく、日向の方だ。
「……いいなとは思ってる。でも、向こうは年上だし、私のことどう思ってるか分からない」
「でも、ライブに来てくれるんでしょ? なら絶対好意持ってるって」
「それはアーティストとしてでしょ?」
「それもあると思うけど、美夜のこと人として好きじゃなきゃ見にこないよ。あたしだって推しがイケメンで歌がうまいだけだったら興味なかったもん。性格込みで好きなのよ」
美夜はそうかもしれない、と納得した。
自分もおそらく、日向の人柄があるから好きなのだ。ファンとしてならお金を落としてくれて音楽を気に入ってくれればそれでいい。だが、日向はそうではない。
日向もそうなのだろうか。自分のことを少しは女性として見てくれているだろうか。
だが、自信はない。自分はあまりにも年下だ。もしかしたら娘のように思われてれているのかもしれない。いや、日向にも娘がいるのかもしれない。
「……既婚者だったらどうしよう」
「え、知らないの」
「うん……そういうことまでは聞いてない」
「一応確かめといたら? 美夜だって不倫なんかしたくないでしょ。ややこしいって」
日向が指輪をしていないことは確認済みだ。だが、男性の中には結婚指輪をしない男性もいるという。
現実的に考えて日向ような素敵な男性が独り身なわけがない。結婚していても不思議ではない。
なら、なぜ自分を誘ったのだろうか。
美夜は日向からメッセージが来るのを指折り待った。
だが、返事はすぐにでも来ると思っていたが、そうではなかった。一週間経ってもまだ来なくて、流石に心配になった。
本当に一緒に食事に行く気があるのだろうか。まさか今更騙していたなんてことはないだろう。
返事を待っている間もストリート活動は続けていたが、日向は来なかった。偶然だろうか。
けれど自分の方から催促もできなくて、もやもやした日々を過ごした。