おじさんには恋なんて出来ない
それから少ししてようやく辰美から連絡が来た。
次の金曜の夜、六本木駅を出たビルの前で待ち合わせをしすることになった。
当日、美夜は待ち合わせたビルの一階にある花屋の前で辰美を待った。
ドレスコードはない店らしいが、それでも一応綺麗めな格好を選んだ。店はあらかじめ調べたので問題ないが、それよりも日向と食事することの方が緊張する。
いつも身なりには気を遣っているが、今日はとりわけ気を遣った。なにしろ年上の好みが分からない。日向が好みそうな大人っぽいワンピースを選んだだけだ。
待ち合わせ時刻の十分ほど前になると、落ち着いたブラウンスーツを纏った日向が現れた。いかにも品のいいおじさま風で、美夜はつい見惚れて、胸が詰まった。
「こんばんは。お待たせしてしまいましたか」
「い、いいえ。今来たところです」
「今日も────可愛らしい格好ですね」
日向は柔らかく微笑む。
────それは、単に可愛いって怖めてるの? それとも子供扱いされてる? でも、《《今日も》》ってことは可愛いって思ったことがあるってことだよね?
きっと前者だ。前者に違いないと仮定した。
二人で店へと歩いた。
ダイニングバー『ジャルダン』はフレンチやイタリアンをベースにした料理を提供している店らしい。ピアノの演奏なんてついているぐらいだから値段も普通の店よりはやや高めだ。
しかし、想像していたよりも店の中は賑やかだった。騒がしいというほどではないが、客の談笑する声が意外と響いている。
日向と美夜は予約席の札が置かれた席に座った。
店はそれほど大きくない。カウンターの奥にオープンキッチンがあって、窓際に客席が並んでいる。ピアノはカウンター側の一番奥に設置されていた。
「素敵なお店ですね」
美夜は素直に感想を口にした。このような店に来るのは初めてだった。
「実は、先週下見で一度来てみたんです。お店の方も気さくで、料理も美味しかったですよ」
────先週来ていた? ということは、あの連絡がなかった間に下見をしていたの?
少し驚いたと同時に自分が情けなくなった。日向は自分のためにわざわざ下見までしてくれていたのだ。それなのに連絡がないなんて拗ねて、本当に子供っぽい。
「今日は忙しいのに来てくださってありがとうございます」
二人のドリンクが揃った頃、改めて日向が挨拶した。
「いえ……日向さんとは、前からお話ししてみたいと思っていたので、嬉しいです」
「あの、ファンの方達とは普段から────」
「しません。こういうことはしないようにしています」
つい慌てて早口で答えた。日向に誰とでも食事すると誤解してほしくなかった。
「そうですか。突然誘って驚かれただろうなと思います」
「驚きましたけど、嬉しいです」
「どうして────いや……」
日向は口を開いたが、またすぐに閉じた。美夜はなんとなくその先の言葉を想像した。
恐らく日向は「どうして来てくれたのか」と聞きたいのだろう。
だが、「あなたが気になっているからです」なんて言えるわけもない。日向にその気があるかないか、まだ分からないのだから。
「日向さんは、助けてもらった恩があるので」
「助けた? 私がですか」
美夜は頷いた。
「落ち込んでいた時、日向さんの言葉に励まされたんです。だからすごく感謝しています」
「そんな、私の方こそMIYAさんに助けてもらっている方なのに……」
「私が?」
「……色々辛いことがありまして。そんな時に偶然MIYAさんの曲を聞いたんです。あの時は本当に落ち込んでいたので、本当に助けられました」
知らなかった。日向がそれほど悩んでいたなど────。こんな穏やかな人が悩むのだ。きっと余程のことがあったのだろう。
「じゃあ、私達はお互い助け合っていたわけですね」
「はい。不思議な縁ですね」
お互い顔を見合わせて笑った。
もし日向を勇気づけることができたのだとしたら嬉しいことだ。それならピアノを弾いた意味もあったのかもしれない。
「MIYAさんは……」
「あの、敬語じゃなくていいですよ。私年下ですし、なんだか変な感じがするので」
「そうか……分かった。じゃあ、そうさせてもらうよ」
次の金曜の夜、六本木駅を出たビルの前で待ち合わせをしすることになった。
当日、美夜は待ち合わせたビルの一階にある花屋の前で辰美を待った。
ドレスコードはない店らしいが、それでも一応綺麗めな格好を選んだ。店はあらかじめ調べたので問題ないが、それよりも日向と食事することの方が緊張する。
いつも身なりには気を遣っているが、今日はとりわけ気を遣った。なにしろ年上の好みが分からない。日向が好みそうな大人っぽいワンピースを選んだだけだ。
待ち合わせ時刻の十分ほど前になると、落ち着いたブラウンスーツを纏った日向が現れた。いかにも品のいいおじさま風で、美夜はつい見惚れて、胸が詰まった。
「こんばんは。お待たせしてしまいましたか」
「い、いいえ。今来たところです」
「今日も────可愛らしい格好ですね」
日向は柔らかく微笑む。
────それは、単に可愛いって怖めてるの? それとも子供扱いされてる? でも、《《今日も》》ってことは可愛いって思ったことがあるってことだよね?
きっと前者だ。前者に違いないと仮定した。
二人で店へと歩いた。
ダイニングバー『ジャルダン』はフレンチやイタリアンをベースにした料理を提供している店らしい。ピアノの演奏なんてついているぐらいだから値段も普通の店よりはやや高めだ。
しかし、想像していたよりも店の中は賑やかだった。騒がしいというほどではないが、客の談笑する声が意外と響いている。
日向と美夜は予約席の札が置かれた席に座った。
店はそれほど大きくない。カウンターの奥にオープンキッチンがあって、窓際に客席が並んでいる。ピアノはカウンター側の一番奥に設置されていた。
「素敵なお店ですね」
美夜は素直に感想を口にした。このような店に来るのは初めてだった。
「実は、先週下見で一度来てみたんです。お店の方も気さくで、料理も美味しかったですよ」
────先週来ていた? ということは、あの連絡がなかった間に下見をしていたの?
少し驚いたと同時に自分が情けなくなった。日向は自分のためにわざわざ下見までしてくれていたのだ。それなのに連絡がないなんて拗ねて、本当に子供っぽい。
「今日は忙しいのに来てくださってありがとうございます」
二人のドリンクが揃った頃、改めて日向が挨拶した。
「いえ……日向さんとは、前からお話ししてみたいと思っていたので、嬉しいです」
「あの、ファンの方達とは普段から────」
「しません。こういうことはしないようにしています」
つい慌てて早口で答えた。日向に誰とでも食事すると誤解してほしくなかった。
「そうですか。突然誘って驚かれただろうなと思います」
「驚きましたけど、嬉しいです」
「どうして────いや……」
日向は口を開いたが、またすぐに閉じた。美夜はなんとなくその先の言葉を想像した。
恐らく日向は「どうして来てくれたのか」と聞きたいのだろう。
だが、「あなたが気になっているからです」なんて言えるわけもない。日向にその気があるかないか、まだ分からないのだから。
「日向さんは、助けてもらった恩があるので」
「助けた? 私がですか」
美夜は頷いた。
「落ち込んでいた時、日向さんの言葉に励まされたんです。だからすごく感謝しています」
「そんな、私の方こそMIYAさんに助けてもらっている方なのに……」
「私が?」
「……色々辛いことがありまして。そんな時に偶然MIYAさんの曲を聞いたんです。あの時は本当に落ち込んでいたので、本当に助けられました」
知らなかった。日向がそれほど悩んでいたなど────。こんな穏やかな人が悩むのだ。きっと余程のことがあったのだろう。
「じゃあ、私達はお互い助け合っていたわけですね」
「はい。不思議な縁ですね」
お互い顔を見合わせて笑った。
もし日向を勇気づけることができたのだとしたら嬉しいことだ。それならピアノを弾いた意味もあったのかもしれない。
「MIYAさんは……」
「あの、敬語じゃなくていいですよ。私年下ですし、なんだか変な感じがするので」
「そうか……分かった。じゃあ、そうさせてもらうよ」