おじさんには恋なんて出来ない
それから美夜と日向はお互いの話をした。
日向は美夜のことをあれこれ聞いてこなかったが、美夜は出来るだけ日向ことが知りたくて色々と尋ねた。
日向は商社で働くサラリーマンだった。課長職で、歳は四十二。思っていたよりも歳上だった。
だが、年寄り臭いところはあまりない。日向いわく、周りの若い後輩に影響されているそうだ。
話せば話すほど益々日向のことが気になった。
大人っぽくて洗練されていて、浮ついたところが一つもない日向は《《歳さえ》》離れていなければ理想の男性像だ。
しかし実際年齢を聞いて驚いたが、見た目が若いからかそれほど気にならない。むしろ、少し歳が離れている日向に魅了すら感じていた。
食事を頼んで少し経った頃だった。美夜はピアノの方を見ていてふと気がついた。
この店はピアノの演奏があるそうだが、演奏者はいつ現れるのだろう、と。
店に入って既に三十分が経っている。食事時で店の中はそこそこ人がいた。それなのに演奏が始まらないのはなぜだろうか。
日向に声をかけようとした。すると日向の方が先に口を開いた。
「おかしいな……今日は演奏がないのかな」
どうやら日向も気付いていたようだ。金曜の夜で、これだけ人がいる時間帯に演奏なしはおかしい。
日向は近くに来た店員を呼び止めた。
「すみません。今日はピアノの演奏はないんでしょうか」
「申し訳ございません。本日は奏者が体調不良のため休んでおりまして……」
店員は申し訳なさそうに頭を下げた。それを聞いた日向は困った顔をした。
ピアノの演奏があるからここに来たのに、なくてガッカリしたのだろう。
「すまない。私の下調べが足らなかった」
「いえ、大丈夫です。そういう日もありますよ」
「これだとただの食事になるな……」
日向は申し訳なさそうにしていたが、美夜はピアノがなくても来るつもりだった。ピアノの演奏も楽しみだったが、日向ともっと喋ってみたかったから誘ったのだ。
日向は自分のことを考えてここに決めてくれたのだろう。店を決めたのは自分なのに、と責任を感じているようだった。
「私が弾けれたらいいんですけどね」
それを聞くと、日向は少し考える素振りを見せた。「ちょっと待っていてくれ」と言って席を立って入り口の方へ行ってしまった。
お手洗いに行ったのだろうか。待っていると、日向は少しして戻ってきた。
「MIYAさん、もし良かったら弾いてもらえないかな」
「えっ」
「店の人に許可を取ったんだ。店に合うような選曲であれば構わないそうだよ。もし嫌でなければ」
美夜はどうしよう、と戸惑った。突然のことで判断できない。
だが、せっかく日向がセッティングしてくれた機会だ。無駄にはしたくない。それにこんな場所で弾かせて貰える機会なんてなかなかない。
「分かりました。ちょっと行ってきます」
おずおずと頷き、ピアノの方へ向かう。ピカピカに磨かれたグランドピアノは、店の隅で佇んでいた。椅子に腰掛け、音を確かめるためにゆっくりと音を奏でる。
きちんと手入れされているピアノだ。美夜は安心した。
顔を上げて日向の方を見る。日向はずっとこちらを見ていた。
────いけない。日向さんが見てるんだから、ちゃんと弾かなきゃ。
指に体重をかけ、音を出す。客のほとんどは談笑しているから会話を妨げない程度の穏やかな曲調のものがいいだろう。知っている曲の中からいくつかセレクトして弾いた。
いつか大きなホールでこんなピアノをまた弾けるだろうか。母親のように────。そしてその時は絶対日向を招待したい。
美夜は五曲ほど流して弾いた。あまり長く弾きすぎると店員に止められると思った。
ようやく弾き終わり、顔を上げる。微かな拍手が聞こえて、美夜は驚いた。
どうやら訪れていた客の何人かが聞いてくれていたようだ。美夜は驚く気持ちを抑えて静かに立ち上がり、深くお辞儀をして席へと戻った。
日向は美夜のことをあれこれ聞いてこなかったが、美夜は出来るだけ日向ことが知りたくて色々と尋ねた。
日向は商社で働くサラリーマンだった。課長職で、歳は四十二。思っていたよりも歳上だった。
だが、年寄り臭いところはあまりない。日向いわく、周りの若い後輩に影響されているそうだ。
話せば話すほど益々日向のことが気になった。
大人っぽくて洗練されていて、浮ついたところが一つもない日向は《《歳さえ》》離れていなければ理想の男性像だ。
しかし実際年齢を聞いて驚いたが、見た目が若いからかそれほど気にならない。むしろ、少し歳が離れている日向に魅了すら感じていた。
食事を頼んで少し経った頃だった。美夜はピアノの方を見ていてふと気がついた。
この店はピアノの演奏があるそうだが、演奏者はいつ現れるのだろう、と。
店に入って既に三十分が経っている。食事時で店の中はそこそこ人がいた。それなのに演奏が始まらないのはなぜだろうか。
日向に声をかけようとした。すると日向の方が先に口を開いた。
「おかしいな……今日は演奏がないのかな」
どうやら日向も気付いていたようだ。金曜の夜で、これだけ人がいる時間帯に演奏なしはおかしい。
日向は近くに来た店員を呼び止めた。
「すみません。今日はピアノの演奏はないんでしょうか」
「申し訳ございません。本日は奏者が体調不良のため休んでおりまして……」
店員は申し訳なさそうに頭を下げた。それを聞いた日向は困った顔をした。
ピアノの演奏があるからここに来たのに、なくてガッカリしたのだろう。
「すまない。私の下調べが足らなかった」
「いえ、大丈夫です。そういう日もありますよ」
「これだとただの食事になるな……」
日向は申し訳なさそうにしていたが、美夜はピアノがなくても来るつもりだった。ピアノの演奏も楽しみだったが、日向ともっと喋ってみたかったから誘ったのだ。
日向は自分のことを考えてここに決めてくれたのだろう。店を決めたのは自分なのに、と責任を感じているようだった。
「私が弾けれたらいいんですけどね」
それを聞くと、日向は少し考える素振りを見せた。「ちょっと待っていてくれ」と言って席を立って入り口の方へ行ってしまった。
お手洗いに行ったのだろうか。待っていると、日向は少しして戻ってきた。
「MIYAさん、もし良かったら弾いてもらえないかな」
「えっ」
「店の人に許可を取ったんだ。店に合うような選曲であれば構わないそうだよ。もし嫌でなければ」
美夜はどうしよう、と戸惑った。突然のことで判断できない。
だが、せっかく日向がセッティングしてくれた機会だ。無駄にはしたくない。それにこんな場所で弾かせて貰える機会なんてなかなかない。
「分かりました。ちょっと行ってきます」
おずおずと頷き、ピアノの方へ向かう。ピカピカに磨かれたグランドピアノは、店の隅で佇んでいた。椅子に腰掛け、音を確かめるためにゆっくりと音を奏でる。
きちんと手入れされているピアノだ。美夜は安心した。
顔を上げて日向の方を見る。日向はずっとこちらを見ていた。
────いけない。日向さんが見てるんだから、ちゃんと弾かなきゃ。
指に体重をかけ、音を出す。客のほとんどは談笑しているから会話を妨げない程度の穏やかな曲調のものがいいだろう。知っている曲の中からいくつかセレクトして弾いた。
いつか大きなホールでこんなピアノをまた弾けるだろうか。母親のように────。そしてその時は絶対日向を招待したい。
美夜は五曲ほど流して弾いた。あまり長く弾きすぎると店員に止められると思った。
ようやく弾き終わり、顔を上げる。微かな拍手が聞こえて、美夜は驚いた。
どうやら訪れていた客の何人かが聞いてくれていたようだ。美夜は驚く気持ちを抑えて静かに立ち上がり、深くお辞儀をして席へと戻った。