おじさんには恋なんて出来ない
「とても素敵だった」
席に戻るなり日向は嬉しそうに笑った。美夜も嬉しくて笑った。
「ありがとうございます。素敵なピアノで弾けて嬉しいです」
「君がここで弾くのなら毎日食べに来るんだけど」
お世辞だろうか。突然そんなことを言われて恥ずかしくなった。
だが、日向も恥ずかしかったらしい。言った後から気不味そうに視線を泳がせて、つい笑ってしまった。
「二番目に弾いた曲はなんていう曲なんだい? 綺麗なメロディーだった」
「あれは……『famille』。家族という曲です。私が作ったんです」
「MIYAさんの曲はどれも素敵だな。そうか。家族、か────」
その瞬間、日向はぎこちなく笑った。
その表情を妙だと思いつつも、美夜は日向が結婚しているのか、尋ねてみることにした。
「あの、日向さん。日向さんは────」
「お話中すみません。少しよろしいですか」
突然声をかけてきたのは知らない男だった。若い男だが、歳は美夜よりも上だ。
「……なんでしょうか?」
「せっかく食事していたところすみません。先程ピアノを弾いてらっしゃいましたよね?」
「はい……」
「失礼、私こういうものです」
男性は胸ポケットから名刺を素早く出した。男性はどうやら、会社の役員をしているらしい。
「実は、この店のオーナーでして」
「え?」
美夜と日向が同時に声を上げた。
「先程スタッフからピアニストの方だと伺いました。お名前を伺っても?」
「み、MIYAです」
「もしよければ、ご一緒にお話ししたいのですがいかがでしょう。私の家内も一緒ですが」
美夜は日向にチラリと視線を向けた。すると、男性が言った。
「よろしければ《《お父様》》も是非」
日向は一瞬無表情になった後、にこりと笑った。
「私のことはお構いなく。どうぞ行ってきてください」
「え、でも────」
「私はあっちのカウンターにいます。せっかくの機会だから」
なんだか隙がなくて、美夜はそれ以上言えなかった。日向は席を立ってそのままカウンターの方へ行ってしまった。
「どうぞ」
男に促されて、美夜はようやく席を立った。
────日向さん。なんだか元気がなかった。
男性は席に着いた美夜と仕事の話を色々した。男性は先程の演奏を気に入ってくれたらしい。この店の他にも三店舗ほど経営しているらしく、美夜に演奏の仕事を振りたいということだった。
願ってもない話で美夜は喜んだ。ストリート活動だけではなかなか人に聞いてもらうことができないため、どうにかしなければならないと思っていたところだった。
話が終わり、美夜はすっかり機嫌が良くなって日向に声を掛けに行った。
「日向さん。遅くなってすみません」
日向はカウンターで一人呑んでいた。その横に腰掛け、謝った。
「いい話はできたかい」
「はい。あの……演奏のお仕事をいただきました」
「そうか。よかったね。君の演奏ならどこに行っても喜んでもらえると思うよ」
日向は笑っていたが、どこか元気がないように見える。
せっかく食事していたのに途中で席を立ったことが気に食わなかたのだろうか。せっかく誘ってもらったのに日向に申し訳ないことをした、と美夜は顔を伏せた。
「もう遅い。出ようか」
本当はまだ帰りたくなかったが、はいと答えるしかなかった。
結局お会計は日向が出した。出すと言ったのだが、日向は「私の方が歳上なんだからこれぐらいは」と言って聞かなかった。
駅に行くまでの間、日向は少し静かになった。食事していた時はもっと楽しそうにしていたのに、今はなんだか元気がない。
「あの……日向さん。今日は本当にすみませんでした。せっかく誘ってくれたのに別のところでお話ばかりして……」
「そんなことは気にしなくていいよ。君の次に繋がったんだ。大事なことだ」
「でも……」
「私こそ、すまなかった」
「え?」
「こんな────いや、なんでもないよ」
やがて駅に着いてしまった。美夜は地下鉄で、日向はJRで帰るそうだ。
改札の前まで来て、美夜はなんだか気不味いまま日向に挨拶をした。
「今日は、ありがとうございました」
すごく楽しかった、と言うのは気が引けた。まだ日向の元気がないように見えた。
「こちらこそありがとう。気をつけて帰って」
じゃあ、と先に背を向けたのは日向の方だった。美夜はなんだかそれがショックで、しばらく日向の背中を眺めた。
────どうしよう、絶対に怒ってる。せっかく誘ってくれたのに台無しにしちゃった……。
自分一人舞い上がって日向の好意を無駄にしてしまった。もしかしたらもう誘ってもらえないかもしれない。ライブに来てもらえなくなるかもしれない。
そんな不安が頭をチラついた。
席に戻るなり日向は嬉しそうに笑った。美夜も嬉しくて笑った。
「ありがとうございます。素敵なピアノで弾けて嬉しいです」
「君がここで弾くのなら毎日食べに来るんだけど」
お世辞だろうか。突然そんなことを言われて恥ずかしくなった。
だが、日向も恥ずかしかったらしい。言った後から気不味そうに視線を泳がせて、つい笑ってしまった。
「二番目に弾いた曲はなんていう曲なんだい? 綺麗なメロディーだった」
「あれは……『famille』。家族という曲です。私が作ったんです」
「MIYAさんの曲はどれも素敵だな。そうか。家族、か────」
その瞬間、日向はぎこちなく笑った。
その表情を妙だと思いつつも、美夜は日向が結婚しているのか、尋ねてみることにした。
「あの、日向さん。日向さんは────」
「お話中すみません。少しよろしいですか」
突然声をかけてきたのは知らない男だった。若い男だが、歳は美夜よりも上だ。
「……なんでしょうか?」
「せっかく食事していたところすみません。先程ピアノを弾いてらっしゃいましたよね?」
「はい……」
「失礼、私こういうものです」
男性は胸ポケットから名刺を素早く出した。男性はどうやら、会社の役員をしているらしい。
「実は、この店のオーナーでして」
「え?」
美夜と日向が同時に声を上げた。
「先程スタッフからピアニストの方だと伺いました。お名前を伺っても?」
「み、MIYAです」
「もしよければ、ご一緒にお話ししたいのですがいかがでしょう。私の家内も一緒ですが」
美夜は日向にチラリと視線を向けた。すると、男性が言った。
「よろしければ《《お父様》》も是非」
日向は一瞬無表情になった後、にこりと笑った。
「私のことはお構いなく。どうぞ行ってきてください」
「え、でも────」
「私はあっちのカウンターにいます。せっかくの機会だから」
なんだか隙がなくて、美夜はそれ以上言えなかった。日向は席を立ってそのままカウンターの方へ行ってしまった。
「どうぞ」
男に促されて、美夜はようやく席を立った。
────日向さん。なんだか元気がなかった。
男性は席に着いた美夜と仕事の話を色々した。男性は先程の演奏を気に入ってくれたらしい。この店の他にも三店舗ほど経営しているらしく、美夜に演奏の仕事を振りたいということだった。
願ってもない話で美夜は喜んだ。ストリート活動だけではなかなか人に聞いてもらうことができないため、どうにかしなければならないと思っていたところだった。
話が終わり、美夜はすっかり機嫌が良くなって日向に声を掛けに行った。
「日向さん。遅くなってすみません」
日向はカウンターで一人呑んでいた。その横に腰掛け、謝った。
「いい話はできたかい」
「はい。あの……演奏のお仕事をいただきました」
「そうか。よかったね。君の演奏ならどこに行っても喜んでもらえると思うよ」
日向は笑っていたが、どこか元気がないように見える。
せっかく食事していたのに途中で席を立ったことが気に食わなかたのだろうか。せっかく誘ってもらったのに日向に申し訳ないことをした、と美夜は顔を伏せた。
「もう遅い。出ようか」
本当はまだ帰りたくなかったが、はいと答えるしかなかった。
結局お会計は日向が出した。出すと言ったのだが、日向は「私の方が歳上なんだからこれぐらいは」と言って聞かなかった。
駅に行くまでの間、日向は少し静かになった。食事していた時はもっと楽しそうにしていたのに、今はなんだか元気がない。
「あの……日向さん。今日は本当にすみませんでした。せっかく誘ってくれたのに別のところでお話ばかりして……」
「そんなことは気にしなくていいよ。君の次に繋がったんだ。大事なことだ」
「でも……」
「私こそ、すまなかった」
「え?」
「こんな────いや、なんでもないよ」
やがて駅に着いてしまった。美夜は地下鉄で、日向はJRで帰るそうだ。
改札の前まで来て、美夜はなんだか気不味いまま日向に挨拶をした。
「今日は、ありがとうございました」
すごく楽しかった、と言うのは気が引けた。まだ日向の元気がないように見えた。
「こちらこそありがとう。気をつけて帰って」
じゃあ、と先に背を向けたのは日向の方だった。美夜はなんだかそれがショックで、しばらく日向の背中を眺めた。
────どうしよう、絶対に怒ってる。せっかく誘ってくれたのに台無しにしちゃった……。
自分一人舞い上がって日向の好意を無駄にしてしまった。もしかしたらもう誘ってもらえないかもしれない。ライブに来てもらえなくなるかもしれない。
そんな不安が頭をチラついた。