おじさんには恋なんて出来ない
 辰美はようやく体を動かすことにした。その頃にはすっかり日も暮れていた。

 スマホを手に取り、久しぶりにアドレス帳からその電話番号を呼び出す。電話は五コールもしないうちに取られた。

「辰美くんか」

 出るなり、受話器の向こう側にいる雪美の父は低い声で威圧した。辰美は「ご無沙汰しています」と思わず頭を下げた。

「さっき、雪美が帰ってきた」

「雪美さんは何か話しましたか」

「ああ。聞いた。雪美が浮気したそうだな。だが、君にも責任があるんじゃないのか」

 のっけから批判モードだ。雪美の父親はかなり頑固だった。そして、娘を溺愛していた。雪美の実家に近い場所に住んでいるのも、雪美の父親が希望したからだった。

 雪美は素直に喋ったのだろう。だが、雪美の父はそれを聞いたとしても、辰美が悪いと言うであろう人間だ。辰美もある程度予想していた。

「大体、君は雪美を放置しすぎだ。あの子は優しいから我慢していたんだろうが、ずいぶん不満が溜まっていたんだぞ。君がしっかりしていれば、雪美だって浮気なんかしなかったはずだ。おまけに子供も作らずに、君だって本当はどこかに女でも作っていたんじゃないのか。え?」

「僕はそんなことしていません。とにかくお義父さん。詳しいことはまたご連絡します。雪美さんをよろしくお願いします」

「お前に言われなくても分かってる。このままで済むと思うなよ」

 半ば無理矢理電話を切り、辰美は余計に疲れ果ててベッドに直行した。胃がキリキリと痛んだ。生まれて四十二年病気もせず健康体だったが、意外と脆い体だったらしい。

 雪美の父親に言われた言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。

 確かに、出来た夫ではなかった。仕事ばかりしていたし、そのせいで雪美にはつまらない思いをさせただろう。

 しかし、雪美のことは愛していた。浮気など一度もしていないし、愛情がなくなったりもしていない。

 ただ、雪美には伝わらなかったのかもしれない。もっと分かりやすい形で伝えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
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