おじさんには恋なんて出来ない
 食事を楽しんだあと、十時前ぐらいに店を出た。

 今夜はMIYAにご馳走になった。高い金額ではないが、普段出す側になることが多い辰美はなんだか居心地が悪かった。

「今日はありがとう。けど、本当にいいのかい」

「いいんです。日向さんにはいつもたくさん頂いてますから」

「ありがとう。女の子に奢ってもらうなんてなかなかないから新鮮だよ」

「……じゃあ、普段は奢ることが多いんですか?」

 なんとなく、MIYAの表情が真剣になる。

「ああ。会社の女の子とかね。役職者はたかられるんだよ。でもまあ、コーヒーぐらいだから痛手は受けてないよ」

「そうですか」

 MIYAはもう一度笑顔を浮かべた。

「日向さん……あの、よかったら今度一緒にお買い物行きませんか」

「え? 買い物?」

 突然の誘いに辰美は驚いた。今度は食事ではなく、買い物だと言った。

 MIYAは真剣な表情からどんどん困った顔になる。なんだか切羽詰まっているようだった。

「え、でも……買い物って、何を買うんだい。俺は君みたいな若い子の好みは分からないけど……」

「ちょっと、プレゼントを選びたいので大人の男性の意見が聞きたいんです。お願いします!」

 頭を下げられて、辰美はどうしようか迷った。

 誘いは嬉しい。一緒に買い物に行けるなど思っても見なかった。

 だが、こんなおじさんと一緒に買い物なんて本当にいいのだろうか。だが、直々のご指名だ。きっと────。

 いや、待てよ。辰美はふと思った。

 プレゼントを選びたいと言ったが、贈る相手は男ではないだろうか。しかも男の、大人の。

 ということはMIYAにはすでにそういう男性がいるということだ。

 ────なんだ。また勘違いしていたのか? まったく俺は……。

「……やっぱり、駄目ですか……?」

「……俺じゃ参考にならないと思うよ。もっと他にいい男性がいるだろう」

「日向さんがいいんです」

 強い言葉で説得されて、辰美の心もようやく真正面を向いた。

 MIYAがどうして自分を選んだのか分からない。ただ《《大人だから》》なのか。それとももっと別の理由なのか。

 そんなことをの望むような年齢でもなくなったのに、下らない欲ばかり湧き上がる。

 ファンに徹するなんて無理だ。彼女はあまりにも魅力的だから。

「……本当にいいのかい」

「日向さんがご迷惑じゃなければ。一緒に行きたいです」

 ────迷惑になんて、思うわけないじゃないか。

 MIYAと一緒にいると、少し若返ったような気持ちになった。懐かしい感覚だ。胸が苦しくなるような、温かいもの。

「恋」という名の想いだ。
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