おじさんには恋なんて出来ない
 喫茶店を出てから辰美とMIYAの間には妙な空気感が漂っていた。

 ────不味いな。変なことを聞いたか。

 辰美はMIYAの隣を歩きながら、この微妙な雰囲気をどうにかしようと考えた。

 彼氏の話など聞かない方がよかっただろうか。だがMIYAも聞いてきたし、まだ当たり障りないところしか聞いていない。

 買い物は終えた。休憩も終えた。それなら用事は全て済んだ。ひょっとしたら、MIYAはもう帰りたいと思っているのだろうか。だから早く察せということだろうか────。

「あの……MIYAさん。買い物も終わったし、そろそろ解散しようか? ピアノの練習もあるだろうし……」

 辰美が声を掛けると、MIYAはえっと驚いたような顔をした。

「日向さんは……何か用事があるんですか?」

「いや、私はないよ。ただ君は忙しいんじゃないかと思って」

「私は平気です。今日は一日空けてます」

 これを帰りたくない意思表示だと受け取るのは尚早だ。だが、自分にはそう聞こえた。

 理由がどうであれ、MIYAは自分と一緒にいたいと思ってくれている────はずだ。

「じゃあ、これからどこに行こうか。行きたいところはあるかい?」

「日向さんの好きな場所にいきましょう。さっきは私の用事に付き合わせちゃいましたから」

「私の? 女の子が見て面白いものはないと思うけど……」

「日向さんの好きなものが知りたいんです」

 刺激的なセリフだ。だがきっと、彼女にそんな意図はない。辰美はぐっと自分を抑えて笑顔を浮かべた。

「分かった。じゃあ、行こう」

 とはいえ、趣味のない辰美が行く場所などほとんどないに等しい。せいぜい、仕事で使う雑貨を買ったり、最近はインテリアショップに足を運んだぐらいだ。

 完全に自分の趣味にするとMIYAがつまらなくなるだろうからと敢えてのんびり散歩することにした。MIYAも普段は練習かバイトしかしていないと言っていたから特に気にしていないようだった。

「バイトって、どんなバイトをしてるんだ?」

「チェーン店のカフェです。始めてからもう五年ぐらいですかね……」

「じゃあそこは働きやすい職場なんだな」

「もしよかったら日向さん遊びに来てください。コーヒー奢ります」

「え? でも……私が職場に行くと都合が悪くならないか?」

「日向さんなら構いません。むしろ遊びに来てもらえた方が嬉しいです」

 MIYAはにっこりと笑った。

 辰巳は奇妙に思った。普通、ファンがプライベートで働いている場所に来たら嫌がるものじゃないだろうか。

 最近のアーティストは私生活を切り売りしているというし、これが普通になっているのか。比較対象がないから分からない。

 だが、MIYAが自分以外にもこういったことをしていると思うとなんだか妬けた。

 自分などでは相手にされっこないと分かっているのに、彼女の数々の言動が期待させる。

 ストーカーなどするつもりはないが、ニュースに載るようなアイドルの事件も、こういった些細なことが発展して起こっているのではないだろうか。あまり理解したくはないが────。
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