おじさんには恋なんて出来ない
 告知されたストリート場所には人が集まっていた。いつもより多く感じるのは、ここがストリートピアノが設置されている場所だからだろう。ピアノの前をぐるりと人が囲っている。

 したがって、MIYAはいつもの電子ピアノを持ってきていない。縦型のピアノの前に座っていた。

 辰美はMIYAの顔が見えそうな斜め前から眺めた。人が多いため見えづらいが、演奏はよく聞こえる。

 見物人は静かに見守っている。今弾いているのは少ししっとりとした曲だ。雨の中が似合うような、そんな曲。

 しかしそんな曲を弾くMIYAの表情は曇っていた。感情を込めて弾いているからなのか、曲の雰囲気に影響されているだけなのか────。

 綺麗な曲だ。素晴らしい演奏だ。月並みな感想とは別の感情が湧き上がる。今の自分の感情を反映するもの。

 ────ああ、これは愛しさ、だ。

 性懲りもなくそんなことを感じてしまう。やめよう、自分には無理だとあんなに言い聞かせたのに、こんないい歳の大人が自制心も効かないなんて。

 もっと早く彼女に会っていたら。あと少しでも自分が若ければ。近くにいても声も掛けられない。たった数メートルが遠かった。



 やがて演奏が終わり、MIYAが立ち上がった。振り返り、見物客に何度もお辞儀をする。  

 拍手を聞きながら、辰美はまた切ない気持ちになった。MIYAが有名になるのは嬉しい。そうすれば彼女の夢が叶うのだから。

 いっそのこと、もっと遠くに行ってくれれば忘れることができるだろうか。そうすればさっさと諦められる。

 不意に、顔を上げたMIYAと目が合った。MIYAは少し驚いた顔をした後、戸惑ったように辰美の方を見つめた。辰美は思わず目を逸らした。

 黙って来て、何も言わず後ろの方で見てことが後ろめたかった。あれから一度も連絡を取っていないから余計にだ。

 ────やっぱり来るべきじゃなかった。

 辰美は人混みを縫うように抜け、その場所を後にした。
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