おじさんには恋なんて出来ない
辰美は一人であの父親と雪美を説得する事は不可能だと判断し、弁護士を雇うことにした。
別に慰謝料を望んでいるわけではなかった。ただ、冷静に話し合うために必要だと判断した。
後日雪美、として雪美の両親と話し合う場を設けた。そこには弁護士も同席させたが、案の定雪美の父親は噛み付いてきた。「訴訟を起こすなら戦ってやる。訴えられるものなら訴えてみろ!」と吠え立てた。
無論そこは弁護士がいたので、懇々と説明し、辰美は慰謝料を請求しない形で納得した。雪美は離婚に同意し、同居していたマンションから退去することになった。
弁護士から慰謝料を請求出来ますよと言われたが、そんなつもりはなかった。怒りよりも何よりも悲しみが大きく、争うような気力はなかった。
それに慰謝料を取ろうものならあの舅が黙っていないことは明白だった。できるだけ穏便に、当たり障りなく、ことを荒立てず別れたかった。
話し合いは意外にもすんなり終わったが、辰美はそれだけで十数年分老け込んだような気分になった。以前妻と別れた同僚に離婚は大変だと聞いていたが、本当に大変だった。しかも円満な離婚でなかっただけに、気疲れが半端ない。
だが、これでよかったと思った。このまま雪美と一緒にいてもお互い不幸になるだけだ。自由になった方が良かったのだ。雪美が求めるものを自分は与えられないのだから。
辰美は気まずい思いをしていたが、意外にも周りの反応は普通だった。
まず総務課に報告しにいったが、よく知っている総務課の女性達は、辰美が離婚の報告をすると、何も聞かずに「大変でしたね」と労ってくれた。
離婚の理由までは流石に言わなかった(言えなかった)。浮気されたなんて言ったら会社中に伝わってしまうだろう。だが、遅かれ早かれ、このことは誰かに聞かれるに違いない、と辰美は思った。
離婚から二週間ほど経った頃、同僚と飲む機会がありついでに離婚のことも話した。会社からも同僚からも祝いの品を受け取っていたから、話さないわけにはいかなかった。
「本当か。お前が? 原因はいったいなんなんだ」
「────浮気だ」
「は? 浮気って、あの奥さんがか」
まだ話して序盤だが、同僚は不愉快そうな表情を浮かべた。
「……俺はまだ何も言ってないぞ」
「お前が浮気なんてするわけない。やる前から諦めるか、きっちり離婚してから恋愛する。だろ?」
それは真面目だと思われているのか、それとも意気地なしだと思われているのか。とにかく辰美は自分の口から浮気された事実を話さずに済んだ。
うまくオブラートに包んで伝えると、同僚はなんとも哀れな目で見てきた。
「辰美、気にするなよ。そのうちいいことあるさ」
「もう四十過ぎたんだ。運なんてきっと使い果たしてる」
「ネガティブになるなよ。四十ったって、お前は顔もいいし、そこまで老けてない。性格も悪くないんだ。きっといい人が現れる」
「四十のおじさんなんて誰も相手にしないよ。まあ、もうしばらく恋愛はしないだろうな……」
「そんなこと言うな。女の傷は女にしか癒せないんだぞ」
そうだろうか、と思いながら辰美は酌を受け、日本酒を飲み干した。
同僚は慰めようとそんなことを言っているだけだ。現実的に、四十過ぎの男なんて誰も見向きしない。
そうでない男もいるのだろうが、それはきっと収入が有り余るほどあるどこかのベンチャー企業の社長だったり、ユーチューバーだったり、見た目も収入も余裕のある男に限る。
自分は課長で、決して悪いポジションではない。仕事は充実しているし、収入もある方だ。とりたて金を使うような趣味もないから、蓄えも潤沢にある。
だが、それとこれとは別だ。金があろうがなんだろうが、自分のような普通の人間は四十を過ぎれば価値が下がる。若い頃はもてはやされても、歳をとると《《それだけ》》しか価値がなくなる。
若い娘の間で流行っているパパ活がいい例だ。あんなもの金がなければ成り立たない。若い女性は暇ではないのだ。
別に慰謝料を望んでいるわけではなかった。ただ、冷静に話し合うために必要だと判断した。
後日雪美、として雪美の両親と話し合う場を設けた。そこには弁護士も同席させたが、案の定雪美の父親は噛み付いてきた。「訴訟を起こすなら戦ってやる。訴えられるものなら訴えてみろ!」と吠え立てた。
無論そこは弁護士がいたので、懇々と説明し、辰美は慰謝料を請求しない形で納得した。雪美は離婚に同意し、同居していたマンションから退去することになった。
弁護士から慰謝料を請求出来ますよと言われたが、そんなつもりはなかった。怒りよりも何よりも悲しみが大きく、争うような気力はなかった。
それに慰謝料を取ろうものならあの舅が黙っていないことは明白だった。できるだけ穏便に、当たり障りなく、ことを荒立てず別れたかった。
話し合いは意外にもすんなり終わったが、辰美はそれだけで十数年分老け込んだような気分になった。以前妻と別れた同僚に離婚は大変だと聞いていたが、本当に大変だった。しかも円満な離婚でなかっただけに、気疲れが半端ない。
だが、これでよかったと思った。このまま雪美と一緒にいてもお互い不幸になるだけだ。自由になった方が良かったのだ。雪美が求めるものを自分は与えられないのだから。
辰美は気まずい思いをしていたが、意外にも周りの反応は普通だった。
まず総務課に報告しにいったが、よく知っている総務課の女性達は、辰美が離婚の報告をすると、何も聞かずに「大変でしたね」と労ってくれた。
離婚の理由までは流石に言わなかった(言えなかった)。浮気されたなんて言ったら会社中に伝わってしまうだろう。だが、遅かれ早かれ、このことは誰かに聞かれるに違いない、と辰美は思った。
離婚から二週間ほど経った頃、同僚と飲む機会がありついでに離婚のことも話した。会社からも同僚からも祝いの品を受け取っていたから、話さないわけにはいかなかった。
「本当か。お前が? 原因はいったいなんなんだ」
「────浮気だ」
「は? 浮気って、あの奥さんがか」
まだ話して序盤だが、同僚は不愉快そうな表情を浮かべた。
「……俺はまだ何も言ってないぞ」
「お前が浮気なんてするわけない。やる前から諦めるか、きっちり離婚してから恋愛する。だろ?」
それは真面目だと思われているのか、それとも意気地なしだと思われているのか。とにかく辰美は自分の口から浮気された事実を話さずに済んだ。
うまくオブラートに包んで伝えると、同僚はなんとも哀れな目で見てきた。
「辰美、気にするなよ。そのうちいいことあるさ」
「もう四十過ぎたんだ。運なんてきっと使い果たしてる」
「ネガティブになるなよ。四十ったって、お前は顔もいいし、そこまで老けてない。性格も悪くないんだ。きっといい人が現れる」
「四十のおじさんなんて誰も相手にしないよ。まあ、もうしばらく恋愛はしないだろうな……」
「そんなこと言うな。女の傷は女にしか癒せないんだぞ」
そうだろうか、と思いながら辰美は酌を受け、日本酒を飲み干した。
同僚は慰めようとそんなことを言っているだけだ。現実的に、四十過ぎの男なんて誰も見向きしない。
そうでない男もいるのだろうが、それはきっと収入が有り余るほどあるどこかのベンチャー企業の社長だったり、ユーチューバーだったり、見た目も収入も余裕のある男に限る。
自分は課長で、決して悪いポジションではない。仕事は充実しているし、収入もある方だ。とりたて金を使うような趣味もないから、蓄えも潤沢にある。
だが、それとこれとは別だ。金があろうがなんだろうが、自分のような普通の人間は四十を過ぎれば価値が下がる。若い頃はもてはやされても、歳をとると《《それだけ》》しか価値がなくなる。
若い娘の間で流行っているパパ活がいい例だ。あんなもの金がなければ成り立たない。若い女性は暇ではないのだ。