おじさんには恋なんて出来ない
楽しい週末が終わり、月曜が来た。
美夜は相変わらず、毎朝恒例のカフェのバイトだ。ただ、いつもと変わらないバイトもなんとなく楽しく思えた。
朝はサラリーマンの客が多い。今まではスーツを着てくたびれた顔をしながらスマホを見ているサラリーマンを見てもなんとも思わなかったが、今は違う。辰美も今頃出社しているのだと思うと、なんだか微笑ましく思えた。
「相変わらずむさ苦しい朝ね」
だが、詩音はそうではないらしい。
確かにお客のサラリーマンを見ていて楽しいかと言われたらそうではない。美夜も「辰美フィルター」がなければなんとも思わなかったはずなのだから。
────あ、そういえば詩音ちゃんには言ってなかったな。
以前辰美のことをうっすら話したが、付き合ったことは伝えていない。恋愛のことを話せる友人はそう多くない。だからなんだか聞いて欲しい気分だった。
「詩音ちゃん。あのね、前に言った人いるでしょう」
「どの人?」
「ちょっと年上の人」
詩音は少し考えて、「ああ」と思い出したような顔をした。
「既婚者かもしれない人?」
「ううん、既婚者じゃなかったんだけど……付き合うことになったの」
「へえ! よかったじゃん! おめでとう。どんな人? 何歳?」
「えっと……その人はサラリーマンで、四十────」
「よんじゅう!?」
美夜が言い切る前に詩音の仰天した声がレジに響いた。詩音は慌てて口をつぐんだが、やけに怖い顔をして美夜に詰め寄った。
「え、ちょっと待って。四十歳なのその人!?」
「四十二……なんだけど」
「えええ……ちょっと待ってよ。歳上だとは思ってたけど、四十二って……」
どうやら詩音にとってその数字は衝撃的だったようだ。無理もない。美夜は二十四だ。付き合ったとしても三十代────ぐらいに思っていただろうから。
それが世間的な認識だ。美夜自身も分かっていた。
「で、でもすごくいい人なの。それに格好いいし、紳士的だし、全然詩音ちゃんが思ってる感じのおじさんとは違うよ」
「うーん……だとしても歳上すぎない? それにそんな歳上のおじさんが美夜ちゃんみたいな若い子と付き合うって……悪いけど、変な想像する」
予想していた答えだ。だが、だとしても祝ってもらえると思っていただけに、そのショックは大きかった。
年が離れていることは分かっている。十八歳差だ。二人とも大人だからいいが、もう少し若ければ犯罪になっていた。
だが、辰美がロリコンだと思ったことはない。手もまだ握っていないし、キスもしていない。もちろんそれ以上も。そんな辰美が体目当てで付き合っているとは思えない。
「そうかもしれないけど……でも、その人はそういう人じゃないよ」
こんなふうに言ってもできたばかりの恋人を庇っている痛い女にしか見えないかもしれない。だが、辰美が悪く言われているのに黙っていられなかった。
世間的なイメージはそうかもしれないが、辰美はきっと違う。そう信じたい。
「……そっか。うん、まあ美夜ちゃんが言うならそうなのかな。ごめんね、言いすぎた」
「ううん……私も言われるって分かってて付き合ったから」
「まあでも、それだけ歳上でも付き合いたいって思うってことは、いい人なんだろうね。今度お店に連れてきてよ。格好いい人なら見てみたいし」
「来てくださいってお願いしといたからまた来てくれると思う」
「その人ファンなんだよね? バレないように気を付けなよ。ファンの嫉妬は恐ろしいから」
なんだか現実味を帯びた発言だ。だが、その通りだと思った。
恋人の存在がお客にバレてSNSが荒れたり物販で揉めている知り合いを何人か見たことがある。決して他人事ではないのだ。
────やっぱり、これだけ歳が離れてるのに付き合うのって変なのかな。
詩音の話を聞いたせいか、なんだかもやもやする。
辰美とのことは自分の決断だ。後悔していない。しかし分かっていても反対意見は耳が痛かった。
辰美ももしかしたら同じように言われているかもしれない。いや、そもそも言ってないかもしれない。
辰美は自分のことをペラペラ喋るようなタイプではないし、歳の差を気にするぐらいだから人に言わないでいるはずだ。
秘めた関係なんていうと聞こえはいいが、反対の立場からすると隠されているようで嫌だ。けれど辰美が困るような状況にはなって欲しくない────。
辰美はどう思っているのだろうか。
美夜は相変わらず、毎朝恒例のカフェのバイトだ。ただ、いつもと変わらないバイトもなんとなく楽しく思えた。
朝はサラリーマンの客が多い。今まではスーツを着てくたびれた顔をしながらスマホを見ているサラリーマンを見てもなんとも思わなかったが、今は違う。辰美も今頃出社しているのだと思うと、なんだか微笑ましく思えた。
「相変わらずむさ苦しい朝ね」
だが、詩音はそうではないらしい。
確かにお客のサラリーマンを見ていて楽しいかと言われたらそうではない。美夜も「辰美フィルター」がなければなんとも思わなかったはずなのだから。
────あ、そういえば詩音ちゃんには言ってなかったな。
以前辰美のことをうっすら話したが、付き合ったことは伝えていない。恋愛のことを話せる友人はそう多くない。だからなんだか聞いて欲しい気分だった。
「詩音ちゃん。あのね、前に言った人いるでしょう」
「どの人?」
「ちょっと年上の人」
詩音は少し考えて、「ああ」と思い出したような顔をした。
「既婚者かもしれない人?」
「ううん、既婚者じゃなかったんだけど……付き合うことになったの」
「へえ! よかったじゃん! おめでとう。どんな人? 何歳?」
「えっと……その人はサラリーマンで、四十────」
「よんじゅう!?」
美夜が言い切る前に詩音の仰天した声がレジに響いた。詩音は慌てて口をつぐんだが、やけに怖い顔をして美夜に詰め寄った。
「え、ちょっと待って。四十歳なのその人!?」
「四十二……なんだけど」
「えええ……ちょっと待ってよ。歳上だとは思ってたけど、四十二って……」
どうやら詩音にとってその数字は衝撃的だったようだ。無理もない。美夜は二十四だ。付き合ったとしても三十代────ぐらいに思っていただろうから。
それが世間的な認識だ。美夜自身も分かっていた。
「で、でもすごくいい人なの。それに格好いいし、紳士的だし、全然詩音ちゃんが思ってる感じのおじさんとは違うよ」
「うーん……だとしても歳上すぎない? それにそんな歳上のおじさんが美夜ちゃんみたいな若い子と付き合うって……悪いけど、変な想像する」
予想していた答えだ。だが、だとしても祝ってもらえると思っていただけに、そのショックは大きかった。
年が離れていることは分かっている。十八歳差だ。二人とも大人だからいいが、もう少し若ければ犯罪になっていた。
だが、辰美がロリコンだと思ったことはない。手もまだ握っていないし、キスもしていない。もちろんそれ以上も。そんな辰美が体目当てで付き合っているとは思えない。
「そうかもしれないけど……でも、その人はそういう人じゃないよ」
こんなふうに言ってもできたばかりの恋人を庇っている痛い女にしか見えないかもしれない。だが、辰美が悪く言われているのに黙っていられなかった。
世間的なイメージはそうかもしれないが、辰美はきっと違う。そう信じたい。
「……そっか。うん、まあ美夜ちゃんが言うならそうなのかな。ごめんね、言いすぎた」
「ううん……私も言われるって分かってて付き合ったから」
「まあでも、それだけ歳上でも付き合いたいって思うってことは、いい人なんだろうね。今度お店に連れてきてよ。格好いい人なら見てみたいし」
「来てくださいってお願いしといたからまた来てくれると思う」
「その人ファンなんだよね? バレないように気を付けなよ。ファンの嫉妬は恐ろしいから」
なんだか現実味を帯びた発言だ。だが、その通りだと思った。
恋人の存在がお客にバレてSNSが荒れたり物販で揉めている知り合いを何人か見たことがある。決して他人事ではないのだ。
────やっぱり、これだけ歳が離れてるのに付き合うのって変なのかな。
詩音の話を聞いたせいか、なんだかもやもやする。
辰美とのことは自分の決断だ。後悔していない。しかし分かっていても反対意見は耳が痛かった。
辰美ももしかしたら同じように言われているかもしれない。いや、そもそも言ってないかもしれない。
辰美は自分のことをペラペラ喋るようなタイプではないし、歳の差を気にするぐらいだから人に言わないでいるはずだ。
秘めた関係なんていうと聞こえはいいが、反対の立場からすると隠されているようで嫌だ。けれど辰美が困るような状況にはなって欲しくない────。
辰美はどう思っているのだろうか。