おじさんには恋なんて出来ない
仕事終わり、辰美は有野と告知された場所に向かった。
ショッピングモールの間にある広場には買い物客が多く訪れている。普段来ない場所なので迷っていると、有野が案内してくれた。
「日向課長はこの辺りには来ないんですか?」
「ほとんど来ないな。何年か前に来たことがあるが……」
ここはどちらかと言えば、若者のデートスポットのイメージが強かった。だから歳をとって必然的に来なくなってしまった。
周りを歩いているのは十代、二十代の若者カップルばかりだ。美夜なら歩いていても不自然はないが、自分は浮いていないだろうか。辰美はなんだか居心地が悪かった。
現場に着くと、美夜はすでに来ていた。広場の真ん中に屋根のある小さなスペースがあって、その下にピアノが設置されている。公式的に弾いてもOKな場所らしい。足を止めて聴いている人もいれば、ベンチに座って聴いている人もいる。
「うわあ、素敵な場所ですね」
どうもこの場所は年中ライトアップされているらしい。広場には等間隔に木が植えてあってライトがびっしり点いていた。夏なのに冬景色のようだ。
その中でピアノを弾いているから余計に幻想的に見える。
MIYAはどうやら有名な曲のカバーを弾いているらしい。辰美でも知っている曲をいくつか弾き始めた。
今更ながら、彼女はなんでも弾けるのだ。あれだけ素晴らしい腕前を持っているのだから当然かもしれないが……。
周りにいる人々は耳馴染みのあるものを好むのかもしれないが、自分はMIYAの曲が好きだ。聴いていると落ち着くし、穏やかな気持ちになれる。あの美しい音色はきっと、MIYAにしか出せないだろう。
「課長、好きなんですね」
「え?」
「ピアノ」
思わずドキッとしてしまった。美夜のことを考えていたからだろうか。心の中を見透かされたような気がして、胸がドキドキする。
「……実は、ずっと心配してたんです。課長、一時期すごく落ち込んでたから……でも、こうして元気になってくれてほっとしました」
「……そうだな。そうかもな」
確かに、一時期は本当に落ち込んでいた。ただの仲違いで離婚していればもっと違ってかもしれないが、あんな別れかたをしたのだ。長年連れ添ってきた妻だっただけに、ショックは大きかった。
「ピアノを聴くぐらい余裕が出来たってことは、気持ちが回復してきたってことだと思います」
「それは……少し違うな」
「え?」
「余裕が出来たからピアノを聴いてるんじゃないんだ。ピアノを聞いたから、気持ちにゆとりが出来たっていうか……」
あの時MIYAに出会わなければ、もっとズルズルと元妻のことを引きずっていたに違いない。自分に自信を持てないまま、歳をとっていたかもしれない。
だが全てはきっかけた。MIYAがいたから変われた。もう一度人を好きになることも出来た。
「課長は……どうしてピアノを聴くようになったんですか?」
「それは……」
「もしかして、彼女が出来たとか……ですか?」
唐突に拍手が聞こえて、辰美は慌ててMIYAの方を向いた。どうやら演奏が終わったらしい。
「もう少し前で聞かないか」
「あ、はい」
辰美は離れた位置から少しだけ美夜に近づいた。見た感じ、美夜は昨日と変わらない。やはりただの勘違いだったのだろうか。
ふと、美夜が顔を上げた。視線が合って、辰美は思わず微笑んだ。
────あれ?
だが、美夜はそのまま視線を下ろした。気が付かなかったのだろうか。いや、視界に入っているはずだが、人が多いから分からなかったのかもしれない。
そのまま数曲聞いた。だが、人が多いせいか、なかなか話すがタイミングが掴めない。やはり、許可されている場所で弾いた方が人が集まりやすいのか、美夜の周りにいる人がカメラを構えていて、美夜もなかなか席を外せないようだった。
話がしたくて来たが、これでは難しいかもしれない。
「MIYAさんって、すごい人気なんですねぇ」
有野はそんな美夜を見て感心したように言った。
彼女がストリートを聞いたのは今日が初めてのはずだ。美夜は毎度毎度これほど人が集まるわけではない。少ない日もあれば多い日もある。ただ、今日は本当に多かった。
今日は大人しく帰ろう────。
「……そろそろ帰ろうか」
「え? もう帰るんですか?」
「流石に、ずっと聞いてるわけにもいかないからな」
有野は少し残念そうな顔をしたが、分かりましたと言って頷いた。
ショッピングモールの間にある広場には買い物客が多く訪れている。普段来ない場所なので迷っていると、有野が案内してくれた。
「日向課長はこの辺りには来ないんですか?」
「ほとんど来ないな。何年か前に来たことがあるが……」
ここはどちらかと言えば、若者のデートスポットのイメージが強かった。だから歳をとって必然的に来なくなってしまった。
周りを歩いているのは十代、二十代の若者カップルばかりだ。美夜なら歩いていても不自然はないが、自分は浮いていないだろうか。辰美はなんだか居心地が悪かった。
現場に着くと、美夜はすでに来ていた。広場の真ん中に屋根のある小さなスペースがあって、その下にピアノが設置されている。公式的に弾いてもOKな場所らしい。足を止めて聴いている人もいれば、ベンチに座って聴いている人もいる。
「うわあ、素敵な場所ですね」
どうもこの場所は年中ライトアップされているらしい。広場には等間隔に木が植えてあってライトがびっしり点いていた。夏なのに冬景色のようだ。
その中でピアノを弾いているから余計に幻想的に見える。
MIYAはどうやら有名な曲のカバーを弾いているらしい。辰美でも知っている曲をいくつか弾き始めた。
今更ながら、彼女はなんでも弾けるのだ。あれだけ素晴らしい腕前を持っているのだから当然かもしれないが……。
周りにいる人々は耳馴染みのあるものを好むのかもしれないが、自分はMIYAの曲が好きだ。聴いていると落ち着くし、穏やかな気持ちになれる。あの美しい音色はきっと、MIYAにしか出せないだろう。
「課長、好きなんですね」
「え?」
「ピアノ」
思わずドキッとしてしまった。美夜のことを考えていたからだろうか。心の中を見透かされたような気がして、胸がドキドキする。
「……実は、ずっと心配してたんです。課長、一時期すごく落ち込んでたから……でも、こうして元気になってくれてほっとしました」
「……そうだな。そうかもな」
確かに、一時期は本当に落ち込んでいた。ただの仲違いで離婚していればもっと違ってかもしれないが、あんな別れかたをしたのだ。長年連れ添ってきた妻だっただけに、ショックは大きかった。
「ピアノを聴くぐらい余裕が出来たってことは、気持ちが回復してきたってことだと思います」
「それは……少し違うな」
「え?」
「余裕が出来たからピアノを聴いてるんじゃないんだ。ピアノを聞いたから、気持ちにゆとりが出来たっていうか……」
あの時MIYAに出会わなければ、もっとズルズルと元妻のことを引きずっていたに違いない。自分に自信を持てないまま、歳をとっていたかもしれない。
だが全てはきっかけた。MIYAがいたから変われた。もう一度人を好きになることも出来た。
「課長は……どうしてピアノを聴くようになったんですか?」
「それは……」
「もしかして、彼女が出来たとか……ですか?」
唐突に拍手が聞こえて、辰美は慌ててMIYAの方を向いた。どうやら演奏が終わったらしい。
「もう少し前で聞かないか」
「あ、はい」
辰美は離れた位置から少しだけ美夜に近づいた。見た感じ、美夜は昨日と変わらない。やはりただの勘違いだったのだろうか。
ふと、美夜が顔を上げた。視線が合って、辰美は思わず微笑んだ。
────あれ?
だが、美夜はそのまま視線を下ろした。気が付かなかったのだろうか。いや、視界に入っているはずだが、人が多いから分からなかったのかもしれない。
そのまま数曲聞いた。だが、人が多いせいか、なかなか話すがタイミングが掴めない。やはり、許可されている場所で弾いた方が人が集まりやすいのか、美夜の周りにいる人がカメラを構えていて、美夜もなかなか席を外せないようだった。
話がしたくて来たが、これでは難しいかもしれない。
「MIYAさんって、すごい人気なんですねぇ」
有野はそんな美夜を見て感心したように言った。
彼女がストリートを聞いたのは今日が初めてのはずだ。美夜は毎度毎度これほど人が集まるわけではない。少ない日もあれば多い日もある。ただ、今日は本当に多かった。
今日は大人しく帰ろう────。
「……そろそろ帰ろうか」
「え? もう帰るんですか?」
「流石に、ずっと聞いてるわけにもいかないからな」
有野は少し残念そうな顔をしたが、分かりましたと言って頷いた。