おじさんには恋なんて出来ない
美夜の家に来たのは初めてだった。彼女の家は比較的綺麗な単身者用のマンションだ。
美夜はエントランスで鞄から鍵を取り出し、鍵口に刺して回すとオートロックが解除されて自動扉が開いた。そのまままっすぐ目の前にあるエレベータに乗り込んだ。
四階のボタンを押し、数秒待つ。ゆっくりと扉が開いた。目の前には非常用の階段があって、左右に廊下がある。美夜は左の廊下に進んだ。そのまま進み、一番奥の部屋の前で立ち止まる。
「あんまり綺麗な部屋じゃないですけど……」
一言断って鍵を開けた。
玄関には右手に靴箱があって、その上には花のようなオブジェが置かれていた。足元はスッキリしているし、綺麗に片付けられている。その奥には左手にキッチン、右手には恐らく風呂場と思しき扉があった。
「辰美さんは座っていてください。今お茶を入れますから」
「俺はいいから、君が座っててくれ。無理しないほうがいい」
辰美が手を引くと、美夜は大人しくベッドの上に腰を下ろした。辰美もその横に腰を下ろした。
「痛むか?」
「いえ……大丈夫です」
「けど、その調子じゃピアノを弾くのも難しいだろう」
「大丈夫です。右足じゃないですし、腕の怪我も大したことありませんから」
美夜はそう言うが心配だ。交通事故は後から痛みが出ることもあるというし、油断はできない。もし何か後遺症でも残ったら彼女の生活に関わるかもしれない。
「……辰美さん。ごめんなさい」
「え?」
「私、この間から辰美さんにひどいことばかりして……勝手に帰るし、返事も返さないし、呆れましたよね」
美夜はひどく悲しそうな様子で項垂れた。
「何言ってるんだ。そんなこと気にしなくていい。あれは……ごめん、俺こそ不愉快な思いをさせたんじゃないかって、気になってたんだ」
「……違うんです。あれは、辰美さんが悪いんじゃなくて……」
辰美は慰めるようにそっと頭を撫でた。
「言って。ちゃんと聞くから」
やがて美夜は小さな声で喋り始めた。
「ごめんなさい……。本当は私、ずっとヤキモチ妬いてたんです……」
「……ヤキモチ?」
「辰美さんと、有野さんって人に……」
「有野くん?」
なぜそこで有野の名前が出てくるのか。一瞬疑問符を浮かべたが、すぐにライブのことを思い出した。もしかして、一緒に行ったことで嫌な気持ちになったのだろうか。
「辰美さんと有野さんがすごく仲良さげに見えて、羨ましかったんです」
「有野くんはただの部下だ。それ以上でもそれ以下でもないよ。私を慕ってくれているかもしれないが、それ以上にはならない」
「ごめんなさい……」
もしかして、あのライブの時からずっと悩んでいたのだろうか。だから連絡が遅くなったり会いに来たりしたのだろうか。
なぜ、もっと早く気が付かなかったのだろう。年頃の女性だ。同性を連れて行ってそういう気持ちになると、もっと気を使えばよかった。
「……不安にさせてすまなかった」
「あの人は私の知らない辰美さんを知ってるんだと思うと、嫌でした。私だけ遠い場所にいるみたいで怖かったんです」
「そんなことないよ。確かに彼女との付き合いは君より長いけど、仕事の上でだけだ。俺のことをよく知ってるって訳じゃない」
「でも、辰美さんは……っ」
美夜は何か言おうと口を開いた。だが、すぐに口を閉じて、顔を背けてしまう。
「俺が? どうしたんだ?」
「……っ辰美さんは優しすぎます」
部屋の中に悲しげな声が響いた。
「いつもそうやって優しくして、親切で……私、あなたが怒ったところを見たことがありません! どうして私に感情を見せてくれないんですか……っさっきみたいに慌てたり、辛いことがあったら泣いたり……っ」
言いながら美夜はボロボロと涙を零した。悔しそうで、悲しそうな顔だった。
「あなたが遠いんです……」
美夜はエントランスで鞄から鍵を取り出し、鍵口に刺して回すとオートロックが解除されて自動扉が開いた。そのまままっすぐ目の前にあるエレベータに乗り込んだ。
四階のボタンを押し、数秒待つ。ゆっくりと扉が開いた。目の前には非常用の階段があって、左右に廊下がある。美夜は左の廊下に進んだ。そのまま進み、一番奥の部屋の前で立ち止まる。
「あんまり綺麗な部屋じゃないですけど……」
一言断って鍵を開けた。
玄関には右手に靴箱があって、その上には花のようなオブジェが置かれていた。足元はスッキリしているし、綺麗に片付けられている。その奥には左手にキッチン、右手には恐らく風呂場と思しき扉があった。
「辰美さんは座っていてください。今お茶を入れますから」
「俺はいいから、君が座っててくれ。無理しないほうがいい」
辰美が手を引くと、美夜は大人しくベッドの上に腰を下ろした。辰美もその横に腰を下ろした。
「痛むか?」
「いえ……大丈夫です」
「けど、その調子じゃピアノを弾くのも難しいだろう」
「大丈夫です。右足じゃないですし、腕の怪我も大したことありませんから」
美夜はそう言うが心配だ。交通事故は後から痛みが出ることもあるというし、油断はできない。もし何か後遺症でも残ったら彼女の生活に関わるかもしれない。
「……辰美さん。ごめんなさい」
「え?」
「私、この間から辰美さんにひどいことばかりして……勝手に帰るし、返事も返さないし、呆れましたよね」
美夜はひどく悲しそうな様子で項垂れた。
「何言ってるんだ。そんなこと気にしなくていい。あれは……ごめん、俺こそ不愉快な思いをさせたんじゃないかって、気になってたんだ」
「……違うんです。あれは、辰美さんが悪いんじゃなくて……」
辰美は慰めるようにそっと頭を撫でた。
「言って。ちゃんと聞くから」
やがて美夜は小さな声で喋り始めた。
「ごめんなさい……。本当は私、ずっとヤキモチ妬いてたんです……」
「……ヤキモチ?」
「辰美さんと、有野さんって人に……」
「有野くん?」
なぜそこで有野の名前が出てくるのか。一瞬疑問符を浮かべたが、すぐにライブのことを思い出した。もしかして、一緒に行ったことで嫌な気持ちになったのだろうか。
「辰美さんと有野さんがすごく仲良さげに見えて、羨ましかったんです」
「有野くんはただの部下だ。それ以上でもそれ以下でもないよ。私を慕ってくれているかもしれないが、それ以上にはならない」
「ごめんなさい……」
もしかして、あのライブの時からずっと悩んでいたのだろうか。だから連絡が遅くなったり会いに来たりしたのだろうか。
なぜ、もっと早く気が付かなかったのだろう。年頃の女性だ。同性を連れて行ってそういう気持ちになると、もっと気を使えばよかった。
「……不安にさせてすまなかった」
「あの人は私の知らない辰美さんを知ってるんだと思うと、嫌でした。私だけ遠い場所にいるみたいで怖かったんです」
「そんなことないよ。確かに彼女との付き合いは君より長いけど、仕事の上でだけだ。俺のことをよく知ってるって訳じゃない」
「でも、辰美さんは……っ」
美夜は何か言おうと口を開いた。だが、すぐに口を閉じて、顔を背けてしまう。
「俺が? どうしたんだ?」
「……っ辰美さんは優しすぎます」
部屋の中に悲しげな声が響いた。
「いつもそうやって優しくして、親切で……私、あなたが怒ったところを見たことがありません! どうして私に感情を見せてくれないんですか……っさっきみたいに慌てたり、辛いことがあったら泣いたり……っ」
言いながら美夜はボロボロと涙を零した。悔しそうで、悲しそうな顔だった。
「あなたが遠いんです……」