おじさんには恋なんて出来ない
 辰美が四十三歳の誕生日を迎えて初めての冬が来た。

 仕事が立て込む中、辰美はクリスマスに有給休暇を取った。その日がライブの日だからだ。

 辰美はチケット財布に入れ、家を出た。ライブは十八時開演。今はその一時間前だから、まだ余裕がある。

 目的のライブ会場は事前に調べたし、迷うことはない。だが、それよりも重大な問題がいくつかあった。

 美夜は今日サポートとして出演するわけだが、メインアーティストは二十代の若い女性だ。ファン層も当然若い。

 そんな中に四十代の自分が行っておかしくないだろうか。浮きはしないだろうかと悩み、初めて格好を気にした。

 美夜は若く見えるから気にしなくてもいいと言ったが、それでも四十代だ。二十代とは違う。

 辰美はできる限り若く、品よく、「格好悪いおじさん」にならないように気をつけた。おじさんの株が少しでも上がるように。

 会場付近に着いたが、まだ開演までは時間がある。だが、辰美は会場に行く前に寄る場所があった。

 駅の地下に併設された花屋は、時期的に赤い花が多く飾られていた。名前も分からない鮮やかな色合いの花が店の外からよく見える。今日がクリスマスだからか、二人ほど会計を待っているようだ。

 辰美は外から少しの間覗き、やがて人がいなくなったタイミングで中へ入った。

 店は狭めだ。通路は人一人分ほどしか歩くスペースがない。足元には花を活けたバケツと植木が所狭しと置かれている。花の香り──というより、植物らしい香りがした。

 今日は美夜が主役ではないが、初めての大きい会場で緊張しているようだった。もちろん喜びもあるのだろうが、人様のライブだと気を使うことも多いのだろう。そんな美夜の励みになればと思い、花を贈ることにしたのだ。

 以前、美夜がファンから花をもらっている姿を見たことがあった。だからおかしくはないはずだ。

「すみません。花束を作ってもらいたいのですが」

 辰美は店員の手が空いて少しして話し掛けた。今日がクリスマスだから店員は忙しそうだ。声をかけると慌てて飛んできた。

「どのようなご用途で使用されますか?」

「ライブで……演者の方に送りたいのですが」

「色目やご予算はお決まりですか?」

「すみません。こういうことは初めてで、あまりよく知らなくて……」

 尋ねると、店員は花を説明しながらいろいろ教えてくれた。

 辰美は花を買ったことがあまりない。せいぜい送別会の花束ぐらいだ。それも、店員にお任せにして注文したものだからほとんど覚えていない。

 だがそこはプロだ。辰美の拙い説明である程度の方向性を決めてくれた。

 今日がクリスマスだからだろう。店員はストッカーの中から赤色の花を選んでいく。バラと思しき花を中心に何種類かの花。おそらく、会場では目立つ色合いだ。

 ──うーん、なんか美夜さんっぽくないな。

「すみません……。申し訳ないんですが、色目を変えてもらうことって出来ますか」

 華やかなものがいいだろうと思って赤と伝えたが、どうもイメージではない。美夜はもっと落ち着いた、柔らかい色合いの方が似合いそうだ。

 店員は気を悪くするふうでもなく手を止めて、「はい。いかがなさいますか?」と答えた。

「なんていうか……清楚な感じの色合いで、パッと目を引きそうな……すみません。面倒なこと言ってますよね」

「清楚で目を引きそうな……でしたら、ちょっと変わった感じの花束にしましょうか?」

 店員は再びストッカーの中に手を突っ込んだ。その中にあった白と桃色の小花をバケツごと引き抜くと、二つの花を合わせて手の中で組んでみせる。色は違うが、同じ種類の花のようだ。思ったよりかなり大きめのボリュームになった。

「小花ですけど、こうやって合わせると迫力があっていいと思います。バラなんかだとオーソドックスですけど、スターチスだけの花束ってあまりありませんから」

「スターチス?」

「はい。ドライフラワーにも出来ますよ。とっても長持ちするんです」

 聞きなれない花の名前だ。先程の組み合わせよりはずっと美夜らしい。辰美はそれが気に入った。

「じゃあ、それで包んでください」

 店員はカウンターに行くとすぐさまそれを組み始めた。辰美の後ろに人が並び始めていて焦っているのだろう。

 ラッピングが終わるまでの約十分間。辰美はそれを眺めた。やがてラッピングし終わって花束が入った紙袋を渡される。思ったより少し重い花束になった。
< 82 / 119 >

この作品をシェア

pagetop