おじさんには恋なんて出来ない

　ライブハウスに着いたのは開場してから十分ほど後だった。

　花屋で悩みすぎたため遅れてしまったようだ。会場の入り口には列が出来ていた。辰美はその列の最後尾に並ぶ。

　思った通り若い客層ばかりだ。だが、中には若者に見えない年齢層の客もいる。とにかく格好悪いおじさんにさえ見えていなければいい。辰美は仕事の時のように姿勢をしゃんと正した。

　中に入ると、ちゃんと席が用意されていた。てっきりこういうライブハウスは立ち見なのかと思っていたが、そうではないらしい。チケットには全自由と書かれているからどこに座ってもいいのだろう。

　ステージには既に楽器が設置されていた。

　できればピアノに近い位置がいいと思い、ステージに向かって左側の前の方に座る。ここならば美夜もよく見えるはずだ。

　やがて開演時間を迎えた。会場が暗く、静かになる。BGMとともにステージの奥から演者が出てきた。その中には美夜もいる。

　美夜のライブと違い、やや賑やかしい。だが、うるさい賑やかさではない。辰美も流行りの曲ぐらいは聴く。若者に好まれそうな音楽だな、と思った。

　いつもは美夜が一人で弾いて喋っているのを見ているからか、新鮮だ。

　美夜は全ての曲を弾くわけではないため、奥に引っ込んだり出たりを繰り返した。時折トークになるとマイクを持って話したりもした。

　誰かといる美夜を見るのは初めてだった。それはどこか寂しくて、嬉しい光景だ。

　彼女の仕事は順調な様子だ。来年にはCDを作ると意気込んでいるし、バイトも減らして、その分を音楽活動に充てるのだという。

　いつか美夜が一人で、こんな会場を借りて演奏する日は来るだろうか。きっと来るはずだ。彼女はそれだけの実力を持っている。まだ多くの人に知られていないだけで────。

　演奏している美夜を見ていると、寂しいという気持ちは消えた。美夜は楽しそうに笑っていた。まさに、自分が望んでいた顔だった。



　ライブが終わったのは十時近くだった。辰美は会場を出て、ロビーで美夜の姿を探した。

　物販のテーブルは出ているが、美夜の姿はない。メインアーティストの女性だけだ。

　────しまった。

　辰美はそこで気が付いた。美夜はサポートで出演しているのだ。それなのに物販に出てくるわけがない。現に、他のサポートメンバーもいなかった。

　考えが浅かった。いつもの調子で美夜に会えるとばかり思っていた。しかしだとすると、この花束は誰に渡せばいいのだろう。直接会えないとなると、スタッフに預けるしかない。

　辰美は受付にいた若い男性スタッフに声を掛けた。

「すみません。これを……サポートで出演していたMIYAさんに渡して頂けますか」

「はあ、分かりました」

　男性スタッフは気の抜けた返事をした後、辰美から紙袋を受け取った。流石に、このまま放置はないはずだ。きちんと届けてくれることを祈るしかない。

　今頃美夜は楽屋でバンドメンバーと笑い合っている頃だろう。辰美な名残惜しそうに会場を見つめると、やがて背を向けた。