おじさんには恋なんて出来ない
第十七話 君に願うこと
雪美と離婚する際、弁護を引き受けてくれたのは佐藤という女性の弁護士だった。中年の女性で、離婚を専門に扱っている弁護士のため安心感がある。
辰美が久しぶりに連絡をすると、佐藤は辰美のことを覚えていた。
恐らく、離婚の際の話し合いの場で雪美がかなりヒステリックに暴れたからだろう。その時佐藤はぽかんとしていた。離婚で揉める夫婦をごまんと見てきた彼女でも、なかなか稀に見る景色だったそうだ。
辰美は佐藤と会い、今後どういう措置を取るか相談した。
雪美のしでかしたことを踏まえると、民事裁判に持ち込み慰謝料を取ることができる。嫌がらせの手紙や暴言、証拠があるものないもの色々だが、手紙と写真は明確な証拠であるため大変有利になるそうだ。
前回は慰謝料を取らずに終わったが、今回は取るべきだと言われた。今回のようにストーキング行為や過度な嫌がらせの場合、なにもせず終わらせると相手がつけ上がり、また同じことを繰り返すことが多いのだという。
そういった意味で、示談交渉を持ち込み、相手にダメージを負わせていけないことを自覚させなければならないと言っていた。
雪美がやったことは許されないことだ。ただメールや電話で連絡しただけならともかく、会社にまであのようなものを送りつけるのは脅迫も同然だ。
だから今回は慰謝料を請求し、示談書に新たな文言を追記することにした。慰謝料の支払い、接触の禁止についての条項だ。
前回はただ離婚に合意することだけを目的としていたが、今回は違う。雪美にこの行為をやめさせることが第一だ。慰謝料が欲しいわけではないが、今後のことも考えて取れるだけ取ることにした。そうするべきだと佐藤にも言われた。
「では、この内容で訴状を提出します」
佐藤は紙の束をまとめながら告げる。
辰美は静かに頷いた。雪美と裁判になると思うと気が重いが、致し方ない。時間はかかるだろうが、これで雪美も自粛してくれるはずだ。
「日向さん、お辛いとは思いますが……有利な裁判ですから、気を落とさないように」
「すみません。こんなことなら最初から慰謝料を取っておけばよかったですね」
「そうですね。大概の方は慰謝料を請求なさるんですけど……でも、大丈夫です。今回はきっちり取りますから」
気の進まない裁判だが、佐藤の明るい性格に助けられていた。後の手続きは彼女に任せることになる。これだけでもどれだけ苦労が減るかわからない。一人で抱えているよりずっとマシだ。
「ところで日向さん。このことは、今お付き合いされている女性はご存知なんですよね?」
「……いえ。話していません」
「え?」
「彼女に心配をかけたくなくて」
雪美に会いに行ったことは謝った。美夜も気にしていないふうだったが、内心は面白くないはずだ。別れた妻に会いに行くのを笑って見送る女性なんていないと思う。
美夜は優しい性格だから、言えばきっと気にしてしまう。だから静かにことを終わらせたかった。それに元妻を訴えた男なんて、心象が悪い。
「それは、違うと思いますよ。彼女も当事者です。裁判なんて関わりたくないと思いますが、話ぐらいはしたほうがいいです。彼女のプライバシーも侵害されているわけですから。それに、元奥様がこんな手段をとったことを考えると、交際相手の女性にも何かしているかもしれません」
「えっ……」
そんなまさか、と思った。
雪美が美夜に対して何かするなど、考えもしなかった。だが、よくよく考えてみれば雪美は美夜のことを調べていた。彼女の職業も知っている。
全身の毛穴が逆立つような感覚だった。
────もし、雪美が美夜に何かしたら。
そんなことは許さない。関係ない美夜を巻き込むなんて、絶対に許さない。
辰美が久しぶりに連絡をすると、佐藤は辰美のことを覚えていた。
恐らく、離婚の際の話し合いの場で雪美がかなりヒステリックに暴れたからだろう。その時佐藤はぽかんとしていた。離婚で揉める夫婦をごまんと見てきた彼女でも、なかなか稀に見る景色だったそうだ。
辰美は佐藤と会い、今後どういう措置を取るか相談した。
雪美のしでかしたことを踏まえると、民事裁判に持ち込み慰謝料を取ることができる。嫌がらせの手紙や暴言、証拠があるものないもの色々だが、手紙と写真は明確な証拠であるため大変有利になるそうだ。
前回は慰謝料を取らずに終わったが、今回は取るべきだと言われた。今回のようにストーキング行為や過度な嫌がらせの場合、なにもせず終わらせると相手がつけ上がり、また同じことを繰り返すことが多いのだという。
そういった意味で、示談交渉を持ち込み、相手にダメージを負わせていけないことを自覚させなければならないと言っていた。
雪美がやったことは許されないことだ。ただメールや電話で連絡しただけならともかく、会社にまであのようなものを送りつけるのは脅迫も同然だ。
だから今回は慰謝料を請求し、示談書に新たな文言を追記することにした。慰謝料の支払い、接触の禁止についての条項だ。
前回はただ離婚に合意することだけを目的としていたが、今回は違う。雪美にこの行為をやめさせることが第一だ。慰謝料が欲しいわけではないが、今後のことも考えて取れるだけ取ることにした。そうするべきだと佐藤にも言われた。
「では、この内容で訴状を提出します」
佐藤は紙の束をまとめながら告げる。
辰美は静かに頷いた。雪美と裁判になると思うと気が重いが、致し方ない。時間はかかるだろうが、これで雪美も自粛してくれるはずだ。
「日向さん、お辛いとは思いますが……有利な裁判ですから、気を落とさないように」
「すみません。こんなことなら最初から慰謝料を取っておけばよかったですね」
「そうですね。大概の方は慰謝料を請求なさるんですけど……でも、大丈夫です。今回はきっちり取りますから」
気の進まない裁判だが、佐藤の明るい性格に助けられていた。後の手続きは彼女に任せることになる。これだけでもどれだけ苦労が減るかわからない。一人で抱えているよりずっとマシだ。
「ところで日向さん。このことは、今お付き合いされている女性はご存知なんですよね?」
「……いえ。話していません」
「え?」
「彼女に心配をかけたくなくて」
雪美に会いに行ったことは謝った。美夜も気にしていないふうだったが、内心は面白くないはずだ。別れた妻に会いに行くのを笑って見送る女性なんていないと思う。
美夜は優しい性格だから、言えばきっと気にしてしまう。だから静かにことを終わらせたかった。それに元妻を訴えた男なんて、心象が悪い。
「それは、違うと思いますよ。彼女も当事者です。裁判なんて関わりたくないと思いますが、話ぐらいはしたほうがいいです。彼女のプライバシーも侵害されているわけですから。それに、元奥様がこんな手段をとったことを考えると、交際相手の女性にも何かしているかもしれません」
「えっ……」
そんなまさか、と思った。
雪美が美夜に対して何かするなど、考えもしなかった。だが、よくよく考えてみれば雪美は美夜のことを調べていた。彼女の職業も知っている。
全身の毛穴が逆立つような感覚だった。
────もし、雪美が美夜に何かしたら。
そんなことは許さない。関係ない美夜を巻き込むなんて、絶対に許さない。