【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
20 笑顔を見せてくれるから
「あの、グレン様。何故、猫の姿で私に会ったのですか?」
結婚の際に打ち明けるつもりだったとしても、それまでは秘密だったのだ。
わざわざステラの前に姿を現すのは、あまり得策ではない気がする。
「最初は会うつもりはなかった」
「最初は?」
最初にシュテルンを見たのは、確か婚約者として初めて参加した夜会の帰りだ。
ドレスから着替えて出たバルコニーに、黒猫はいた。
「猫姿での散歩が日課だったのですか?」
確かに人間とは視点も違うし、動ける範囲も異なる。
結構楽しそうだなと思っていると、シュテルンは少し気まずそうに俯いた。
「慣れない夜会に連れ出して、疲れただろうかと思って」
「……見に来たのですか?」
「――き、着替えは覗いていないぞ! 本当だ!」
慌てて前足と尻尾をパタパタと振る黒猫に、ステラは思わず笑ってしまう。
「わかっていますよ。価値がないものを、わざわざ覗く人はいません」
これが絶世の美女だとでもいうのならば、倫理的な問題は置いておいて、覗きたいという気持ちもわからないでもない。
だが、独身だとしても微妙な婚期の末に差し掛かり、結婚即日未亡人で殺人疑惑をかけられ、愛人疑惑まである女が相手だ。
グレンのような美貌の伯爵ならば、『お金を支払うので覗いてください』とお願いしたって、断られること請け合いである。
ステラは、そういう意味ではグレンに絶対の信頼を置いていた。
そういえば、ステラはシュテルンを撫で回した上に抱きしめたりもしているのだが、あれもグレン相手だったわけだ。
成人男性相手なので若干恥ずかしい気もするが、黒猫シュテルンが可愛かったのだからどうしようもない。
グレンの方から『不愉快だから撫でたり抱っこしたりするな』と言われたら、その時には謝罪しよう。
「……いや。それはないが、覗いてもいない」
「だから、そこは疑っていません」
きっぱりと断言すると、何故か黒猫の耳が不満そうに少し伏せられた。
「ステラは俺に弱音を吐かないだろう。ここの暮らしに馴染んでいるか、困っていることはないかと思って」
「特に不自由していないと、お伝えしていたと思いますが」
それどころか、服や筆記用具など必要なものを色々揃えてくれた。
家賃不要で安全な寝場所というだけでもありがたいのだから、何一つ文句も不自由もあるはずがなかった。
「……それに猫の姿だと、ステラは笑顔を見せてくれるから」
伏せた耳を少し戻して上目遣いでステラを見る黒猫は、控えめに言っても並ぶ者のいない可愛らしさだ。
あわや全力でモフモフを堪能しそうになるが、言われた言葉に気付いて慌てて姿勢を正す。
「すみません。顔が不愉快だったのですね。今後はできるだけ気を付けます」
美人になれとでもいうのなら無視しても構わないが、不機嫌な顔で不愉快となればよろしくない。
魔女は基本的に客商売だ。
媚びを売るとまでは言わないが、互いに気持ち良く仕事をできる環境のための努力は必要だろう。
「違う、そうじゃなくて。もっと、自然な」
「なるほど。自然な笑顔に見えるように、頑張ります」
営業スマイルのクオリティを上げるということか。
今後にも役立ちそうなので、試す価値ありだ。
「違う。……ああ、ステラにはうまく伝えられないな」
がっくりとうなだれる黒猫というのは、人間以上に庇護欲をかきたてる。
ステラは慌ててシュテルンの前足を握った。
「どうしました? 具合が悪いのですか?」
呪いで猫の姿になっているから、普段よりも消耗が激しいのかもしれない。
前足を握ったまま魔力を流すと、いつの間にかモフモフの前足がすらりと伸びた指に変わる。
驚いて顔を上げると、そこには紅玉の瞳の美青年がいた。
じっと見つめてみれば、確かにシュテルンと同じ赤い瞳だ。
だが、シュテルンが輝く可愛らしさなら、グレンは深みのある艶めいた赤という感じか。
「本当に、グレン様ですね。……でも、何故こんな呪いを」
駆け出しの魔法使い程度では到底不可能な、高度な呪いだ。
遊び半分で施すようなものではないと思うが。
そこまで考えて、ステラはグレンの手を握りしめたままだったことに気付き、慌てて放す。
だが、すぐにグレンに手を握られた。
「もう少し、こうしていて」
「まだつらいですか? では、魔力を」
「いや。ステラも疲れるだろう。このまま、手を握っていてくれればいい」
それだけでは呪いの中和にはならないと思うのだが、残り香的な魔力でいいということだろうか。
あまり魔力を流すとグレンの方も負担だろうから、そういう意味で言っているのかもしれない。
うなずいてグレンの手にもう片方の手も重ねると、紅玉の瞳が柔らかく細められた。
「この呪いは、とある女性のせいでかけられたものだ」
なるほど。
さすがは美貌の伯爵。
モテモテの弊害がこんなところに出てくるとは。
それにしたって結構な呪いだが、一体どんな揉め方をすればこんなことになるのだろう。
今のところ恋人はいないと言っていたが、この件で自粛しているか、あるいは女性が嫌になったのかもしれない。
「……余計なお世話かもしれませんが、お楽しみもほどほどになさったほうがよろしいと思います」
結婚の際に打ち明けるつもりだったとしても、それまでは秘密だったのだ。
わざわざステラの前に姿を現すのは、あまり得策ではない気がする。
「最初は会うつもりはなかった」
「最初は?」
最初にシュテルンを見たのは、確か婚約者として初めて参加した夜会の帰りだ。
ドレスから着替えて出たバルコニーに、黒猫はいた。
「猫姿での散歩が日課だったのですか?」
確かに人間とは視点も違うし、動ける範囲も異なる。
結構楽しそうだなと思っていると、シュテルンは少し気まずそうに俯いた。
「慣れない夜会に連れ出して、疲れただろうかと思って」
「……見に来たのですか?」
「――き、着替えは覗いていないぞ! 本当だ!」
慌てて前足と尻尾をパタパタと振る黒猫に、ステラは思わず笑ってしまう。
「わかっていますよ。価値がないものを、わざわざ覗く人はいません」
これが絶世の美女だとでもいうのならば、倫理的な問題は置いておいて、覗きたいという気持ちもわからないでもない。
だが、独身だとしても微妙な婚期の末に差し掛かり、結婚即日未亡人で殺人疑惑をかけられ、愛人疑惑まである女が相手だ。
グレンのような美貌の伯爵ならば、『お金を支払うので覗いてください』とお願いしたって、断られること請け合いである。
ステラは、そういう意味ではグレンに絶対の信頼を置いていた。
そういえば、ステラはシュテルンを撫で回した上に抱きしめたりもしているのだが、あれもグレン相手だったわけだ。
成人男性相手なので若干恥ずかしい気もするが、黒猫シュテルンが可愛かったのだからどうしようもない。
グレンの方から『不愉快だから撫でたり抱っこしたりするな』と言われたら、その時には謝罪しよう。
「……いや。それはないが、覗いてもいない」
「だから、そこは疑っていません」
きっぱりと断言すると、何故か黒猫の耳が不満そうに少し伏せられた。
「ステラは俺に弱音を吐かないだろう。ここの暮らしに馴染んでいるか、困っていることはないかと思って」
「特に不自由していないと、お伝えしていたと思いますが」
それどころか、服や筆記用具など必要なものを色々揃えてくれた。
家賃不要で安全な寝場所というだけでもありがたいのだから、何一つ文句も不自由もあるはずがなかった。
「……それに猫の姿だと、ステラは笑顔を見せてくれるから」
伏せた耳を少し戻して上目遣いでステラを見る黒猫は、控えめに言っても並ぶ者のいない可愛らしさだ。
あわや全力でモフモフを堪能しそうになるが、言われた言葉に気付いて慌てて姿勢を正す。
「すみません。顔が不愉快だったのですね。今後はできるだけ気を付けます」
美人になれとでもいうのなら無視しても構わないが、不機嫌な顔で不愉快となればよろしくない。
魔女は基本的に客商売だ。
媚びを売るとまでは言わないが、互いに気持ち良く仕事をできる環境のための努力は必要だろう。
「違う、そうじゃなくて。もっと、自然な」
「なるほど。自然な笑顔に見えるように、頑張ります」
営業スマイルのクオリティを上げるということか。
今後にも役立ちそうなので、試す価値ありだ。
「違う。……ああ、ステラにはうまく伝えられないな」
がっくりとうなだれる黒猫というのは、人間以上に庇護欲をかきたてる。
ステラは慌ててシュテルンの前足を握った。
「どうしました? 具合が悪いのですか?」
呪いで猫の姿になっているから、普段よりも消耗が激しいのかもしれない。
前足を握ったまま魔力を流すと、いつの間にかモフモフの前足がすらりと伸びた指に変わる。
驚いて顔を上げると、そこには紅玉の瞳の美青年がいた。
じっと見つめてみれば、確かにシュテルンと同じ赤い瞳だ。
だが、シュテルンが輝く可愛らしさなら、グレンは深みのある艶めいた赤という感じか。
「本当に、グレン様ですね。……でも、何故こんな呪いを」
駆け出しの魔法使い程度では到底不可能な、高度な呪いだ。
遊び半分で施すようなものではないと思うが。
そこまで考えて、ステラはグレンの手を握りしめたままだったことに気付き、慌てて放す。
だが、すぐにグレンに手を握られた。
「もう少し、こうしていて」
「まだつらいですか? では、魔力を」
「いや。ステラも疲れるだろう。このまま、手を握っていてくれればいい」
それだけでは呪いの中和にはならないと思うのだが、残り香的な魔力でいいということだろうか。
あまり魔力を流すとグレンの方も負担だろうから、そういう意味で言っているのかもしれない。
うなずいてグレンの手にもう片方の手も重ねると、紅玉の瞳が柔らかく細められた。
「この呪いは、とある女性のせいでかけられたものだ」
なるほど。
さすがは美貌の伯爵。
モテモテの弊害がこんなところに出てくるとは。
それにしたって結構な呪いだが、一体どんな揉め方をすればこんなことになるのだろう。
今のところ恋人はいないと言っていたが、この件で自粛しているか、あるいは女性が嫌になったのかもしれない。
「……余計なお世話かもしれませんが、お楽しみもほどほどになさったほうがよろしいと思います」