【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
22 伯爵夫人という立場と魔女の願い
書類に署名をしただけで伯爵夫人になったと言われても、ステラとしては何の実感もない。
なので、翌朝もそれまで通り早朝から薪割りに精を出していた。
斧の扱いにも慣れてきて、最小限の労力で均等に割ることができるようになっている。
何でも、上達すると楽しいし、やる気が出る。
既に薪割りはステラの日課となりつつあった。
「ステラ様、薪割りはしなくても結構です! あなたはウォルフォード伯爵夫人なのですよ⁉」
シャーリーに斧を取り上げられるが、今日の分はもう終わっているので問題ない。
「そうみたいですが、ここは屋敷の中なので演技をしなくても大丈夫ですよ。シャーリーさんも、気にしないでください」
「気にしますよ、気にさせてください! ……ああ、もう。ようやくスタートラインに立ったと思ったのに、進む気配が見えません。こんなことなら、最初から止めなければ……」
「何か始めるのですか? もっと薪を割りますか?」
「薪は結構です。さあ、支度をなさってください。治癒院までお送りします」
ぐいぐいと押されて移動しながら、ステラは妙な言葉に気が付いた。
「送るって何ですか? シャーリーさんも一緒に歩くのですか?」
今まで普通に歩いて治癒院に行っていたが、さすがに仮とはいえ伯爵夫人となったので同行者がつくということだろうか。
首を傾げるステラに、シャーリーはにこりと微笑んだ。
「おはよう、ステラ」
「お、おはようございます、グレン様」
支度を終えて玄関ホールに向かうと、そこにいたのは黒髪に紅玉の瞳の美青年だ。
ステラに同行するのかと思われたシャーリーは、グレンに頭を下げるとそのままどこかへ行ってしまった。
「グレン様もお出かけですか?」
「ああ、今日からステラを馬車で送る。基本的に俺が一緒に行くけれど、日によっては他の者に頼むから」
麗しい笑顔でスラスラと説明されたが、内容がさっぱり理解できない。
「ええと。つまり、私はグレン様をお見送りすればよろしいのですか?」
「何故そうなった。ステラも一緒に馬車に乗るに決まっている。さあ、行くぞ」
手を引かれて馬車に乗るが、やはりどうも理解できない。
「あの、グレン様。今日からというのは、まさか毎日でしょうか」
「そうだな。治癒院への通勤、王立図書館への移動。基本的にはすべて馬車にしてもらう」
まさかの休日の図書館通いまで馬車を使うとは。
しかも通勤と簡単に言うが、仕事がいつ終わるかなんてステラにもわからない。
その間ずっと待機させるのは心苦しいし、連絡して馬車を待つくらいならば歩いて帰った方が早い。
こんなことを言いだす理由は、ひとつしか思い当たらなかった。
「ウォルフォード伯爵夫人という立場があるので、徒歩では体面が悪いということですか?」
「それがないとは言わないが、一番はステラの身の安全を守るためだ」
なるほど、確かに伯爵夫人ともなれば誘拐などの危険性も高まる。
この場合はステラがどんな人間かは無関係で、伯爵夫人というだけで価値があるのだから気をつけなければいけないのか。
正直に言えば、大仰だと思うし、面倒だし、歩いた方が気楽でいい。
だが、仮初めでも伯爵夫人となる以上は必要な措置だ。
「わかりました。グレン様の名誉のため、余計な事件を起こさぬため、馬車で通勤します。お手数でしょうが、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるステラに、グレンは困ったように笑った。
「随分と大切にされているみたいですね」
治癒院に到着して仕事をしていると、院長が声をかけてきた。
倉庫で薬の在庫を整理していたので、そばには誰もいない。
だからこそ話をしにきたのだろう。
グレンとの結婚は秘匿することではないので知っている人も多いが、その理由は契約内容に触れるので秘密だからだ。
「やはり伯爵夫人という立場には相応の手間がかかるのですね」
「それはそうでしょうが。そうではなくて、ステラ個人に対してですよ」
整理を手伝いながら、院長は何だか楽しそうだ。
「そうですね。グレン様もお屋敷の人達も、とても親切です。やはり、呪いが相当つらいのでしょうね」
ステラからすれば至極のモフモフだが、伯爵という立場なら不利益しかない。
正式な解呪方法を取れない以上は中和が主な対処法なのだから、それを担うステラに親切なのもうなずけた。
「今までは薬師としての勉強ばかりでしたが、もっと魔女としての力にも向き合いたいと思います」
ステラの魔法は主に毛に関することに作用する。
『ツンドラの女神』と呼ばれ、ハゲ治療では成果を上げていたが、それに頼らずに生きて行けるよう、今までは薬師の勉強を最優先にしてきた。
だが、グレンの呪いは薬ではどうしようもない。
もっと効率よく中和してあげたいし、できることなら解呪してあげたい。
きっと世の中には同様に呪いに困っている人がいるはずだ。
薬師は数多存在するが、解呪できる魔法の使い手は希少。
もちろん簡単なことではないが、可能ならばそれを目指すのも悪くないと思うようになっていた。
「あの妙な効果以外にも、呪いを解けるくらいの魔女に……なりたいです」
ステラの話を聞いていた院長は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そのネックレス、最近ずっとしていますね。それはウォルフォード伯爵から?」
「はい。いただきました」
胸元に光る星の飾りと赤い石のネックレスだが、もらって以来何となく毎日つけていた。
縁も興味もないとは思っていたが、一応はステラも女性だったらしく、装飾品をつけていると何となく楽しい気がする。
世の女性達が自分へのご褒美に買う気持ちも、わからないでもない。
ネックレスを指でもてあそぶステラを見た院長は、何故か楽しそうに笑みを浮かべている。
「伯爵の呪いを解きたいと、助けたいと思えるのなら。……いつか、ステラが呪いを解けるかもしれませんね」
なので、翌朝もそれまで通り早朝から薪割りに精を出していた。
斧の扱いにも慣れてきて、最小限の労力で均等に割ることができるようになっている。
何でも、上達すると楽しいし、やる気が出る。
既に薪割りはステラの日課となりつつあった。
「ステラ様、薪割りはしなくても結構です! あなたはウォルフォード伯爵夫人なのですよ⁉」
シャーリーに斧を取り上げられるが、今日の分はもう終わっているので問題ない。
「そうみたいですが、ここは屋敷の中なので演技をしなくても大丈夫ですよ。シャーリーさんも、気にしないでください」
「気にしますよ、気にさせてください! ……ああ、もう。ようやくスタートラインに立ったと思ったのに、進む気配が見えません。こんなことなら、最初から止めなければ……」
「何か始めるのですか? もっと薪を割りますか?」
「薪は結構です。さあ、支度をなさってください。治癒院までお送りします」
ぐいぐいと押されて移動しながら、ステラは妙な言葉に気が付いた。
「送るって何ですか? シャーリーさんも一緒に歩くのですか?」
今まで普通に歩いて治癒院に行っていたが、さすがに仮とはいえ伯爵夫人となったので同行者がつくということだろうか。
首を傾げるステラに、シャーリーはにこりと微笑んだ。
「おはよう、ステラ」
「お、おはようございます、グレン様」
支度を終えて玄関ホールに向かうと、そこにいたのは黒髪に紅玉の瞳の美青年だ。
ステラに同行するのかと思われたシャーリーは、グレンに頭を下げるとそのままどこかへ行ってしまった。
「グレン様もお出かけですか?」
「ああ、今日からステラを馬車で送る。基本的に俺が一緒に行くけれど、日によっては他の者に頼むから」
麗しい笑顔でスラスラと説明されたが、内容がさっぱり理解できない。
「ええと。つまり、私はグレン様をお見送りすればよろしいのですか?」
「何故そうなった。ステラも一緒に馬車に乗るに決まっている。さあ、行くぞ」
手を引かれて馬車に乗るが、やはりどうも理解できない。
「あの、グレン様。今日からというのは、まさか毎日でしょうか」
「そうだな。治癒院への通勤、王立図書館への移動。基本的にはすべて馬車にしてもらう」
まさかの休日の図書館通いまで馬車を使うとは。
しかも通勤と簡単に言うが、仕事がいつ終わるかなんてステラにもわからない。
その間ずっと待機させるのは心苦しいし、連絡して馬車を待つくらいならば歩いて帰った方が早い。
こんなことを言いだす理由は、ひとつしか思い当たらなかった。
「ウォルフォード伯爵夫人という立場があるので、徒歩では体面が悪いということですか?」
「それがないとは言わないが、一番はステラの身の安全を守るためだ」
なるほど、確かに伯爵夫人ともなれば誘拐などの危険性も高まる。
この場合はステラがどんな人間かは無関係で、伯爵夫人というだけで価値があるのだから気をつけなければいけないのか。
正直に言えば、大仰だと思うし、面倒だし、歩いた方が気楽でいい。
だが、仮初めでも伯爵夫人となる以上は必要な措置だ。
「わかりました。グレン様の名誉のため、余計な事件を起こさぬため、馬車で通勤します。お手数でしょうが、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるステラに、グレンは困ったように笑った。
「随分と大切にされているみたいですね」
治癒院に到着して仕事をしていると、院長が声をかけてきた。
倉庫で薬の在庫を整理していたので、そばには誰もいない。
だからこそ話をしにきたのだろう。
グレンとの結婚は秘匿することではないので知っている人も多いが、その理由は契約内容に触れるので秘密だからだ。
「やはり伯爵夫人という立場には相応の手間がかかるのですね」
「それはそうでしょうが。そうではなくて、ステラ個人に対してですよ」
整理を手伝いながら、院長は何だか楽しそうだ。
「そうですね。グレン様もお屋敷の人達も、とても親切です。やはり、呪いが相当つらいのでしょうね」
ステラからすれば至極のモフモフだが、伯爵という立場なら不利益しかない。
正式な解呪方法を取れない以上は中和が主な対処法なのだから、それを担うステラに親切なのもうなずけた。
「今までは薬師としての勉強ばかりでしたが、もっと魔女としての力にも向き合いたいと思います」
ステラの魔法は主に毛に関することに作用する。
『ツンドラの女神』と呼ばれ、ハゲ治療では成果を上げていたが、それに頼らずに生きて行けるよう、今までは薬師の勉強を最優先にしてきた。
だが、グレンの呪いは薬ではどうしようもない。
もっと効率よく中和してあげたいし、できることなら解呪してあげたい。
きっと世の中には同様に呪いに困っている人がいるはずだ。
薬師は数多存在するが、解呪できる魔法の使い手は希少。
もちろん簡単なことではないが、可能ならばそれを目指すのも悪くないと思うようになっていた。
「あの妙な効果以外にも、呪いを解けるくらいの魔女に……なりたいです」
ステラの話を聞いていた院長は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そのネックレス、最近ずっとしていますね。それはウォルフォード伯爵から?」
「はい。いただきました」
胸元に光る星の飾りと赤い石のネックレスだが、もらって以来何となく毎日つけていた。
縁も興味もないとは思っていたが、一応はステラも女性だったらしく、装飾品をつけていると何となく楽しい気がする。
世の女性達が自分へのご褒美に買う気持ちも、わからないでもない。
ネックレスを指でもてあそぶステラを見た院長は、何故か楽しそうに笑みを浮かべている。
「伯爵の呪いを解きたいと、助けたいと思えるのなら。……いつか、ステラが呪いを解けるかもしれませんね」