【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
24 黒猫を隠すなら
「いつもお仕事お疲れさまです。入館証をお願いします」
 仕事が休みのその日、笑顔で司書に話しかけると眉を顰めた酷い表情で入館証を手渡される。

 ウォルフォード伯爵夫人ということになってから、さすがに露骨な邪魔はされなくなった。
 とはいえ、態度は決して褒められたものではなく、嫌味は普通に言ってくる。
 それでも入館証をさっさと出してくれて、ノートを奪われないだけでステラとしては十分にありがたいことだった。

 人気のない奥の机に荷物を置くと、早速本を探す。
 今日は呪いについても調べようと、いつもとは違う棚を見て回り、めぼしい本をいくつか取って机に戻った。

 呪いには定められた解呪方法があり、それ以外で完全に呪いを外すのは基本的には不可能。
 何冊読んでみても、結果は同じ内容ばかりだった。

「やはり、そうですよね……」

 中和は続けているし、それなりに効果は出ているようだが、完全に呪いを解くのは恐らく無理だ。
 わかってはいたものの、こうして現実を突きつけられると重い。
 ため息と共に本を閉じると、次の本に手を伸ばす。


「どうかしたのか?」
「……グレン様?」

 急に声をかけられて肩を震わせたステラが振り返ると、そこには紅玉(ルビー)の瞳の美青年が立っていた。
 グレンは仕事と聞いていたが、何故ここにいるのだろう。

「予定が空いたから、様子を見に来た」
 ステラは自分のために勉強しに来ているわけだが、さぼっていないか監視ということだろうか。

「以前、司書の態度が酷かっただろう? 今日は俺と一緒に来たわけじゃないから、またあんな態度を取られているのかと思って」

「それは大丈夫です。今は一応伯爵夫人ということになっているので、堂々と邪魔はできません。ノートも取り上げられなくなりました」

「それが普通だけどな」
 得意気に報告すると、グレンは苦笑しながらステラの隣に座った。

「あの、ですから大丈夫ですよ? それとも、他に何か御用でしょうか?」
 グレンは伯爵としての仕事以外にも、王城で文官として仕事をしていると聞いた。
 予定が空いたとしても、だからといって暇なわけではないだろう。

「俺がいると、集中できない?」
「いえ。そういうわけでは」
「なら、気にしないで続けてくれ」

 これはもしかして、本当に暇なのかもしれない。
 あるいは、次の予定までの時間を潰すのにちょうどいいという、休憩の可能性もある。
 何にしても、ステラは勉強を続けるだけだ。


 暫くの間、本を模写しては次の本を開くことを繰り返す。
 そうして見終わった本を数冊重ねて持つと、ステラは本棚へと移動した。

 一冊一冊元の場所に戻すのだが、微妙に高くて手が届かない。
 さっきまでは梯子があったのだが、誰かが使うために持って行ったのだろう。
 わざわざどこにあるのかわからない梯子を探すよりも、背伸びした方が早い。

 本を抱えたままつま先立ちして本の間に押し込もうとするのだが背が足りず、よろよろと体が揺れた。

「大丈夫か?」
 声と共に背後から伸びた手が、事も無げに本を本棚に押し込んだ。
 グレンだと声でわかるし、身長差からすれば簡単なのだろうと思うが、何だか少し悔しい。

「ありがとうございます」
 礼を言おうと振り向くと、思ったよりもずっと近くにグレンの顔がある。

 吐息が聞こえるほどの距離に驚いて本に伸ばしていた手を引くと、うっかりグレンの耳をかすめる。
 動揺したせいで抱えていた本が落ちる音が周囲に響いた。


「何の音ですか⁉」

 司書の声と近付いてくる足音が聞こえ、足元には散らばった本と黒猫のシュテルンがいる。
 とにかく、図書館に猫連れはまずい。

 どうにか隠さなければと混乱したステラは、シュテルンのそばにしゃがみこむと、ふわりとスカートをかぶせた。

「何の騒ぎですか!」
 姿を現した司書に、しゃがんだ状態で本に手を伸ばしたステラが頭を下げる。

「すみません、ちょっと手が滑りまして。すぐに直します」
 本を集める様子を見た司書は、蔑むような眼差しでため息をつく。

「貴重な本ですから、丁寧に扱ってもらわないと困ります」
 吐き捨てるようにそう言うと、そのまま司書は立ち去った。

 日頃の態度からして手伝われることはないだろうと予想してはいたが、さすがに緊張した。
 司書の足音が聞こえなくなり、ほっと息をついたステラは、スカートをめくって黒猫を外に出す。


「すみませんでした、グレン様」

 スカートは何枚か重ねていて、そのうちの一番上のものをかぶせただけなので、もちろん下着が見えたりはしていない。

 とはいえ、美貌の伯爵をスカートの中に入れたというのは、なかなか酷い扱いだ。
 不愉快だと怒られて当然ではあるが、司書に猫が見つかるよりはマシだっただろう。
 そもそも猫姿になったのはステラがグレンの耳に触れたせいなので、ただ謝るほかない。

「い、いや。俺こそ、驚かせて悪かった」
「とりあえず、姿を戻しましょう」

 モフモフの前足を握って魔力を流せば、黒猫は美貌の青年に姿を変える。
 だが、グレンの頬は微かに赤く、ステラの視線を避けるように顔を背けられた。
< 24 / 49 >

この作品をシェア

pagetop