【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
28 溺愛宣言を相談します
「これ、何ですか」
治癒院に出勤すべく馬車に乗ると、椅子には小さな花束が置いてある。
最近仕事が忙しいというグレンは既に王城に出掛けたらしいが、もしかして忘れものだろうか。
使用人に渡そうと花束を手に取ると、可愛らしいピンク色の花の中に小さなカードが入っているのを見つける。
カードには『ステラへ』と書いてあるが、気のせいだろうか。
目を凝らしてよく見てみれば、『愛しい妻、ステラへ』と書いてある。
もしかすると、疲労のせいで幻が見えるようになったのかもしれない。
そんなつもりはなかったが、無理が出ているのだろうか。
「シャーリーさん。ステラさんという方に渡しておいてください」
見送りをしてくれているシャーリーに花束を渡そうとすると、何故か呆れた様子で突き返された。
「旦那様の愛しい妻のステラは、おひとりだけです。どうぞ、お受け取り下さい」
「いえいえ。このステラはステラであって、私ではありません。見事なステラ違いです」
「何ですか、それは。とにかく、旦那様からステラ様への贈り物です。内容は確認なさいましたか?」
そう言われてみれば、宛名の時点でステラ違いだったので見ていない。
恐る恐るカードを見てみれば、そこには『おはよう。今日は迎えに行くから、待っていてくれ。俺の大切なステラ』と書いてあった。
暫く文面を確認したステラはカードを閉じてそっと花束に差し込むと、シャーリーの手に乗せた。
「グレン様は、どこぞのステラさんのお迎えに行くそうです」
「ようやくスタートラインから動き出したようですので、私も溺愛を応援したいと思います」
「な、何故それを⁉」
気の迷いだろうと思って、なかったことにしていたのに。
何故、昨夜の溺愛宣言を知っているのだ。
シャーリーはステラの膝の上に花束を乗せると、にこやかな笑みを浮かべた。
「どうぞ、諦めて溺愛されてくださいませ」
驚愕と混乱で返答できない間に扉は閉じられ、馬車は無情にも走り出した。
治癒院に到着したステラは、そのままそっと馬車から降りた。
こっそり花束を椅子の上に置いたのだが、そこで御者に声をかけられる。
花束を差し出されて微笑まれれば、置いていくわけにもいかない。
仕方がないので花瓶に活けて飾りながら、何かがおかしいと首を傾げた。
「あら、綺麗なお花ですね。これはどうしたのですか?」
隣にやってきた院長はそう言って花の香りをかいでいる。
活けているのが野に咲く花ならば特に疑問もなかっただろうが、花瓶を彩っているのは明らかに売り物という美しい花だ。
突然ステラが買ってくるというのも、不自然である。
「ええと……馬車の中に、置いてありまして」
「随分と大切にされているようですね」
何をどう解釈したのか、院長はにこにこと微笑んでいる。
確かに親切にはされているが、大切というのは何だか違うのではないだろうか。
契約上の偽物の妻に、わざわざこんなことをしなくてもいいと思うのだが、グレンは一体何を考えているのだろう。
「今日はカークランド公爵がお見えになります。仕事が終わったら、院長室に来てくださいね」
公爵はステラの『ツンドラの女神』としての仕事の窓口を担っており、王立図書館に何度も同行してくれている恩人だ。
既婚の貴族男性でありグレンとも知人らしい公爵に、相談してみるのはどうだろう。
突然、溺愛などと言い出したグレンの謎の行動の理由が、わかるかもしれない。
ステラはうなずくと、ひとまず薬草の整理にとりかかった。
仕事を終えて院長室の扉を開くと、そこには院長と壮年の男性がソファーに腰かけていた。
ステラは礼をすると、促されるままに院長の隣に座る。
「グレン様が、おかしいです」
当たり障りのない世間話を終えた後に意を決して切り出すと、公爵は不思議そうに目を瞬かせた。
「と言うと?」
伯爵に対して失礼な物言いではあるが、公爵は気にする様子もない。
魔女としてのステラを受け入れて親切にしてくれる、貴族にしておくのがもったいない心の広い男性なのだ。
「呪いの中和のお礼に、私の乙女心を取り戻すと言い出しまして」
「ほう」
「……溺愛する、と宣言されました」
公爵は目を丸くすると、数回瞬き、そうして大声で笑い始めた。
「――あのグレンが! いや、まさかそんなことになるとは!」
面白くて仕方ないと言わんばかりに膝を叩いて笑っているが、ステラは真剣である。
「笑い事ではありません。とりあえず今朝は顔を合せなかったのですが、花束とこれが」
ステラからカードを受け取った公爵は、素早く目を通すと感嘆の域を漏らす。
「これは、また随分とご執心だな」
「グレン様は、こういういたずらをする方なのですか?」
公爵は首を振ると、カードをステラの手に乗せる。
「まさか。どちらかというと女性不信に近いな」
それはまた、意外な言葉だ。
「モテそうですが」
「モテるよ。でも、色々あってね。……とにかく、彼が女性に花を贈ったなんて、初めて聞いたよ」
さらに意外な言葉に、ステラは目を瞬かせる。
今は恋人がいないとは言っていたが、モテすぎて呪われたようなものだし、もっと女性達と交流しているものだと思っていた。
「それって」
「そうだな」
何故か公爵は楽しそうにこちらを見ているが、これはつまりステラの想像が当たっているのだろう。
「そんなに、中和に恩義を感じてくださったのですね」
「……うん?」
「中和の報酬として王立図書館の閲覧権をいただけるのですから、十分すぎるくらいです。それなのに、さらに花までくださるなんて。……でも、乙女心云々はおかしな表現ですね。実は酔っていたのでしょうか?」
お酒の匂いはしなかったと思うが、飲酒していないとは限らない。
あれは酔っ払いのたわごとだったと思うと、かなりしっくりくるが……だとすると何故シャーリーが溺愛宣言を知っていたのだろう。
酔ったまま話をしたのだとしたら、早めに訂正しなければ。
ようやく疑問が晴れてすっきりしたステラとは対照的に、公爵と院長は何やら難しい顔をしている。
「なるほど。これは、一筋縄ではいかないな」
「まあ、ステラも色々ありましたから」
「そういう意味では、似たもの同士と言えるな」
何やら二人は納得したようにうなずきあっているが、よくわからない。
「そうだステラ。『ツンドラの女神』に依頼だよ。と言っても、常連さんだが。サンダーソン侯爵が、近々来てほしいそうだ」
「わかりました」
侯爵は既に治療のほとんどを終えているので頻回な訪問はいらないが、確かに暫く間が開いたので頃合いだろう。
「そうそう。以前に治癒院に奥方がやってきた馬鹿は、こちらで対応しておいた。ステラの部屋を襲わせた者も、既に対応済みだ。どちらももう来ないだろうから、安心しなさい。……ステラには、つらい思いをさせたね」
公爵の労わりに満ちた眼差しに、ステラの胸が温かくなる。
魔女としての仕事も、公爵が仲介をしてくれているから、この程度の悪評で済んでいるのだ。
ステラ一人で活動していたら、恐らくはとっくの昔に身の危険を感じてやめている。
仕事を斡旋してくれて、ある程度の安全も図ってくれているのだから、ステラにはもったいないばかりだ。
「いえ。仕方のないことですし。グレン様にお屋敷に住まわせていただいたので、助かりました」
「……ステラ、無理に『ツンドラの女神』として活動しなくてもいいんだよ?」
治癒院に出勤すべく馬車に乗ると、椅子には小さな花束が置いてある。
最近仕事が忙しいというグレンは既に王城に出掛けたらしいが、もしかして忘れものだろうか。
使用人に渡そうと花束を手に取ると、可愛らしいピンク色の花の中に小さなカードが入っているのを見つける。
カードには『ステラへ』と書いてあるが、気のせいだろうか。
目を凝らしてよく見てみれば、『愛しい妻、ステラへ』と書いてある。
もしかすると、疲労のせいで幻が見えるようになったのかもしれない。
そんなつもりはなかったが、無理が出ているのだろうか。
「シャーリーさん。ステラさんという方に渡しておいてください」
見送りをしてくれているシャーリーに花束を渡そうとすると、何故か呆れた様子で突き返された。
「旦那様の愛しい妻のステラは、おひとりだけです。どうぞ、お受け取り下さい」
「いえいえ。このステラはステラであって、私ではありません。見事なステラ違いです」
「何ですか、それは。とにかく、旦那様からステラ様への贈り物です。内容は確認なさいましたか?」
そう言われてみれば、宛名の時点でステラ違いだったので見ていない。
恐る恐るカードを見てみれば、そこには『おはよう。今日は迎えに行くから、待っていてくれ。俺の大切なステラ』と書いてあった。
暫く文面を確認したステラはカードを閉じてそっと花束に差し込むと、シャーリーの手に乗せた。
「グレン様は、どこぞのステラさんのお迎えに行くそうです」
「ようやくスタートラインから動き出したようですので、私も溺愛を応援したいと思います」
「な、何故それを⁉」
気の迷いだろうと思って、なかったことにしていたのに。
何故、昨夜の溺愛宣言を知っているのだ。
シャーリーはステラの膝の上に花束を乗せると、にこやかな笑みを浮かべた。
「どうぞ、諦めて溺愛されてくださいませ」
驚愕と混乱で返答できない間に扉は閉じられ、馬車は無情にも走り出した。
治癒院に到着したステラは、そのままそっと馬車から降りた。
こっそり花束を椅子の上に置いたのだが、そこで御者に声をかけられる。
花束を差し出されて微笑まれれば、置いていくわけにもいかない。
仕方がないので花瓶に活けて飾りながら、何かがおかしいと首を傾げた。
「あら、綺麗なお花ですね。これはどうしたのですか?」
隣にやってきた院長はそう言って花の香りをかいでいる。
活けているのが野に咲く花ならば特に疑問もなかっただろうが、花瓶を彩っているのは明らかに売り物という美しい花だ。
突然ステラが買ってくるというのも、不自然である。
「ええと……馬車の中に、置いてありまして」
「随分と大切にされているようですね」
何をどう解釈したのか、院長はにこにこと微笑んでいる。
確かに親切にはされているが、大切というのは何だか違うのではないだろうか。
契約上の偽物の妻に、わざわざこんなことをしなくてもいいと思うのだが、グレンは一体何を考えているのだろう。
「今日はカークランド公爵がお見えになります。仕事が終わったら、院長室に来てくださいね」
公爵はステラの『ツンドラの女神』としての仕事の窓口を担っており、王立図書館に何度も同行してくれている恩人だ。
既婚の貴族男性でありグレンとも知人らしい公爵に、相談してみるのはどうだろう。
突然、溺愛などと言い出したグレンの謎の行動の理由が、わかるかもしれない。
ステラはうなずくと、ひとまず薬草の整理にとりかかった。
仕事を終えて院長室の扉を開くと、そこには院長と壮年の男性がソファーに腰かけていた。
ステラは礼をすると、促されるままに院長の隣に座る。
「グレン様が、おかしいです」
当たり障りのない世間話を終えた後に意を決して切り出すと、公爵は不思議そうに目を瞬かせた。
「と言うと?」
伯爵に対して失礼な物言いではあるが、公爵は気にする様子もない。
魔女としてのステラを受け入れて親切にしてくれる、貴族にしておくのがもったいない心の広い男性なのだ。
「呪いの中和のお礼に、私の乙女心を取り戻すと言い出しまして」
「ほう」
「……溺愛する、と宣言されました」
公爵は目を丸くすると、数回瞬き、そうして大声で笑い始めた。
「――あのグレンが! いや、まさかそんなことになるとは!」
面白くて仕方ないと言わんばかりに膝を叩いて笑っているが、ステラは真剣である。
「笑い事ではありません。とりあえず今朝は顔を合せなかったのですが、花束とこれが」
ステラからカードを受け取った公爵は、素早く目を通すと感嘆の域を漏らす。
「これは、また随分とご執心だな」
「グレン様は、こういういたずらをする方なのですか?」
公爵は首を振ると、カードをステラの手に乗せる。
「まさか。どちらかというと女性不信に近いな」
それはまた、意外な言葉だ。
「モテそうですが」
「モテるよ。でも、色々あってね。……とにかく、彼が女性に花を贈ったなんて、初めて聞いたよ」
さらに意外な言葉に、ステラは目を瞬かせる。
今は恋人がいないとは言っていたが、モテすぎて呪われたようなものだし、もっと女性達と交流しているものだと思っていた。
「それって」
「そうだな」
何故か公爵は楽しそうにこちらを見ているが、これはつまりステラの想像が当たっているのだろう。
「そんなに、中和に恩義を感じてくださったのですね」
「……うん?」
「中和の報酬として王立図書館の閲覧権をいただけるのですから、十分すぎるくらいです。それなのに、さらに花までくださるなんて。……でも、乙女心云々はおかしな表現ですね。実は酔っていたのでしょうか?」
お酒の匂いはしなかったと思うが、飲酒していないとは限らない。
あれは酔っ払いのたわごとだったと思うと、かなりしっくりくるが……だとすると何故シャーリーが溺愛宣言を知っていたのだろう。
酔ったまま話をしたのだとしたら、早めに訂正しなければ。
ようやく疑問が晴れてすっきりしたステラとは対照的に、公爵と院長は何やら難しい顔をしている。
「なるほど。これは、一筋縄ではいかないな」
「まあ、ステラも色々ありましたから」
「そういう意味では、似たもの同士と言えるな」
何やら二人は納得したようにうなずきあっているが、よくわからない。
「そうだステラ。『ツンドラの女神』に依頼だよ。と言っても、常連さんだが。サンダーソン侯爵が、近々来てほしいそうだ」
「わかりました」
侯爵は既に治療のほとんどを終えているので頻回な訪問はいらないが、確かに暫く間が開いたので頃合いだろう。
「そうそう。以前に治癒院に奥方がやってきた馬鹿は、こちらで対応しておいた。ステラの部屋を襲わせた者も、既に対応済みだ。どちらももう来ないだろうから、安心しなさい。……ステラには、つらい思いをさせたね」
公爵の労わりに満ちた眼差しに、ステラの胸が温かくなる。
魔女としての仕事も、公爵が仲介をしてくれているから、この程度の悪評で済んでいるのだ。
ステラ一人で活動していたら、恐らくはとっくの昔に身の危険を感じてやめている。
仕事を斡旋してくれて、ある程度の安全も図ってくれているのだから、ステラにはもったいないばかりだ。
「いえ。仕方のないことですし。グレン様にお屋敷に住まわせていただいたので、助かりました」
「……ステラ、無理に『ツンドラの女神』として活動しなくてもいいんだよ?」