【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
31 受け入れるのも大変です
「少し、派手ではありませんか?」
「何を仰います。深緑色のドレスにステラ様の美しい金の髪が映えて、神々しいくらいです。最高です。たまりません。旦那様に見せるのが、もったいないくらいです」
シャーリーは興奮しながら髪飾りをつけると、ステラを鏡の前に連れ出した。
今日の夜会のために用意されたのは、落ち着いた深緑色のドレスだ。
胸元には白と銀の糸で花と蔓が描かれていて、全体的に流れるような生地の質感が美しい。
スカート部分は白い生地の上に透ける淡い緑を重ねてあり、そこかしこに胸元と同じ刺繍とビーズが散りばめられている。
その上に上半身と同じ深緑色の生地が上品なドレープを垂らしている。
首には刺繍と同じ白と銀の糸を使って宝石を編み上げた、可愛らしいネックレス。
白い手袋にも同様のブレスレットを身に着け、結い上げた髪にも宝石が編み込まれた髪飾りが輝く。
色合いこそ落ち着いているようではあるが、その煌びやかさにステラはめまいがしそうだ。
「でも」
「とても綺麗だよ、ステラ」
声をかけられて驚いて振り返ると、そこにはグレンがいた。
深緑色の上着に、胸には白と銀の糸で作られたと思しき花をつけたグレンがいた。
これは、いわゆるお揃いだ。
ただでさえドレス姿は緊張するのに、余計な負担をかけないでほしいものである。
だがしかし、まずは受け入れろと言われている。
ここで否定の言葉を紡ぐのは、ルール違反のはずだ。
「あ、ありがとうございます」
少しばかり声が上擦ったものの、何とか受け入れる言動が取れたと思う。
ちらりと見てみれば、グレンばかりかシャーリーまでも満面の笑みだ。
どうやら正解だったらしいと思うと、安心してステラの表情も緩む。
すると、二人の笑みがさらに増したが……どういうことだろう。
シャーリーはしきりに「尊いです」と言っている。
確かにグレンの正装姿は麗しいが、本人を目の前にそんなことを言えるというのも凄い。
笑顔のシャーリーに見送られ、馬車に乗ったのだが、ここで問題が発生した。
何故かグレンがステラの隣に座ったのだ。
「あの、狭くありませんか?」
伯爵家の馬車は小さくないとはいえ、ドレスを着たステラの隣は決して広くない。
どう考えても寛げないと思うのだが、グレンに気にする様子はない。
「ステラの隣がいい」
そう言われてしまえば、正面に移動しろと言うわけにもいかない。
せめて少しでもグレンの負担を減らそうと反対側に寄っていると、自身に視線が注がれていることに気付く。
「何でしょう? どこかおかしいですか?」
ドレスを用意したのはグレンだし、着付けも化粧もシャーリーがしてくれた。
ステラが関わっていない以上、貴族的には安心の装いだと思っていたのだが、何か問題があったのだろうか。
「いや。とても綺麗だよ。誰にも見せたくないくらいだ」
グレンが微笑みながらシャーリーと同じようなことを言っている。
さすがは乳姉弟と感心してしまうが、何だかシャーリーの時とは少し違う。
胸のあたりがムズムズするというか、何というか、落ち着かない。
だが、これも受け入れなければいけない。
グレンの溺愛のために、きちんとステラの役割を果たさなければ。
だが、この場合の受け入れるというのはどんな返答だろう。
毎回お礼だけでは能がないし、グレンのセリフを取り入れた方がいいかもしれない。
「ええと。では……見せないように、帰りますか?」
その瞬間、グレンの動きが止まった。
暗闇に光る猫の目のように、紅玉の瞳はまん丸だ。
ステラなりに考えてグレンの言葉を受け入れた言葉を捻り出したのだが、そんなに変だったのだろうか。
ようやく動いたと思ったら、今度は口元に手を当てたままうつむいてしまった。
「あの。どうしました?」
そんなに駄目な回答だったのだろうか。
だとしても、まだ溺愛初心者なので大目に見てほしい。
「いや。それはちょっと、駄目だな」
「あ、そうですね。急な不参加では先方にも失礼ですね」
体調不良ならともかく、大した理由もなく急に参加を取りやめるわけにはいかない。
溺愛を受け入れつつ貴族社会に適した答えというのは、なかなか難しいものだ。
「違う。そうだけど、違う」
ようやく顔を上げたかと思えば、何やら少し顔が赤いが、熱でもあるのだろうか。
「俺は、ステラが綺麗だから誰にも見せたくないと言った。それに対して『それなら帰ろう』と言われたら……二人で過ごそう、と聞こえるよ」
「はあ」
そうだろうか、そうかもしれない。
だが呪いの中和の際には部屋に二人だし、別におかしいことではない気がするのだが。
「更に、ステラも俺以外には見られたくない、と言っているように聞こえる」
「それは、さすがに飛躍しすぎではありませんか?」
見せたくないと言うので見せない方法を考えただけであって、それ以上でもそれ以下でもない。
「そうかもしれない。でも、そう聞こえてしまうほど、俺はステラの言葉が嬉しい」
「……帰りたいのですか?」
もしかして、グレンもこの夜会に乗り気ではないのだろうか。
貴族同士の付き合いというものもあるだろうし、すべての集まりに快く参加しているわけではないのかもしれない。
「違うよ。それに……今帰ったら、ステラを手放せなくなるから駄目だ」
そう言うとステラの手をすくい取り、その甲に触れるか触れないかのキスを落とす。
びっくりしたが、手袋越しだし、受け入れるという範疇にこれも入るのだろう。
何とか悲鳴を飲み込んでいると、グレンは楽しそうに笑みを浮かべている。
よくわからないが、家に帰ると手放せないというからには、ステラをそばに置くということだろう。
となれば、考えられることはひとつだ。
「もしかして、体調が悪いのですか?」
「違うけれど……じゃあ、手を握っていてくれるかな」
「はい!」
元気に返事をするとグレンの手を握る。
だが、どちらかというとステラの手が包み込まれるような形だ。
「グレン様。中和した方がいいでしょうか」
ここまでしっかりと手を握りたいのだから、相応につらいのだろう。
だったら会場に到着する前に中和しておいた方がいいはずだ。
だが、グレンはゆっくりと首を振る。
「いや。これから夜会なのに、ステラが疲れても困る。このまま手を握っていてくれれば十分だ」
「わかりました」
なるほど、わざわざ魔力を流さなくても、こうして手を握っていれば違うものなのか。
ならば、しっかりと手を握って、少しでも楽になってほしい。
真剣な顔で手を握りしめるステラを見て、グレンが苦笑している。
「何だか、今日は凄く素直だね」
「え? でも、グレン様が私は受け入れればそれでいいと言っていたので」
「それが理由?」
うなずくステラを見ると、困ったと言わんばかりに眉が下がっていく。
「そうか。ステラはしっかりしているようで、こういうことは抜けているというか。……ああ、少しは信頼してくれているのかな。嬉しいよ」
微笑みながら、またステラの頭を撫でる。
シュテルンほどではないにしても、ステラの頭も撫で心地がいいのだろうか。
「でも、そういうことを言うと悪用する男もいるからね。俺以外には、言わないで」
「グレン様以外とは契約していませんから、言いませんよ」
溺愛のお手伝いは契約上の伯爵夫人としての嗜みのようなものだ。
無関係の男性にわざわざ言う理由もない。
「うーん。まだ、そこか。多少ずるい気もするが、今はありがたく活用しよう。……ステラ、じっとして?」
「はい」
頭を撫でていた手を下げると、グレンはそのままステラの背に手を回して優しく抱きしめた。
理由がわからないが、これも受け入れる対象だろうか。
少しは慣れたらしく、悲鳴も上がってこない。
とりあえずじっとしていると、グレンの楽しそうな笑い声が耳に届いた。
「今日のステラは、いつもよりも更に綺麗だ。俺のそばから離れてはいけないよ」
またお世辞が出てきたが、これも受け入れの対象だろう。
それにしても、いちいちムズムズする言い回しなのはどうにかならないものか。
「ステラ、眉間に皺が寄っているよ」
「すみません。受け入れるというのは、なかなか大変ですね」
はいはいと言って従っていればいいのかと思いきや、何だかつらい。
嫌とは違うが、妙に胸の奥が疲れてしまう。
……もしかして、何かの病気だろうか。
「頑張って」
そう言うが早いか、グレンはステラの手に唇を落とす。
「ひゃあ!」
さすがにびっくりして声を上げるステラを、グレンは楽しそうに見つめている。
その笑みを見ていたら、胸の奥がムズムズして仕方がない。
やはり病気かもしれない。
あるいは病気ではないとしたら……一体、何なのだろう。
眉間に皺を寄せて悩むステラをグレンはもう一度抱きしめた。
「何を仰います。深緑色のドレスにステラ様の美しい金の髪が映えて、神々しいくらいです。最高です。たまりません。旦那様に見せるのが、もったいないくらいです」
シャーリーは興奮しながら髪飾りをつけると、ステラを鏡の前に連れ出した。
今日の夜会のために用意されたのは、落ち着いた深緑色のドレスだ。
胸元には白と銀の糸で花と蔓が描かれていて、全体的に流れるような生地の質感が美しい。
スカート部分は白い生地の上に透ける淡い緑を重ねてあり、そこかしこに胸元と同じ刺繍とビーズが散りばめられている。
その上に上半身と同じ深緑色の生地が上品なドレープを垂らしている。
首には刺繍と同じ白と銀の糸を使って宝石を編み上げた、可愛らしいネックレス。
白い手袋にも同様のブレスレットを身に着け、結い上げた髪にも宝石が編み込まれた髪飾りが輝く。
色合いこそ落ち着いているようではあるが、その煌びやかさにステラはめまいがしそうだ。
「でも」
「とても綺麗だよ、ステラ」
声をかけられて驚いて振り返ると、そこにはグレンがいた。
深緑色の上着に、胸には白と銀の糸で作られたと思しき花をつけたグレンがいた。
これは、いわゆるお揃いだ。
ただでさえドレス姿は緊張するのに、余計な負担をかけないでほしいものである。
だがしかし、まずは受け入れろと言われている。
ここで否定の言葉を紡ぐのは、ルール違反のはずだ。
「あ、ありがとうございます」
少しばかり声が上擦ったものの、何とか受け入れる言動が取れたと思う。
ちらりと見てみれば、グレンばかりかシャーリーまでも満面の笑みだ。
どうやら正解だったらしいと思うと、安心してステラの表情も緩む。
すると、二人の笑みがさらに増したが……どういうことだろう。
シャーリーはしきりに「尊いです」と言っている。
確かにグレンの正装姿は麗しいが、本人を目の前にそんなことを言えるというのも凄い。
笑顔のシャーリーに見送られ、馬車に乗ったのだが、ここで問題が発生した。
何故かグレンがステラの隣に座ったのだ。
「あの、狭くありませんか?」
伯爵家の馬車は小さくないとはいえ、ドレスを着たステラの隣は決して広くない。
どう考えても寛げないと思うのだが、グレンに気にする様子はない。
「ステラの隣がいい」
そう言われてしまえば、正面に移動しろと言うわけにもいかない。
せめて少しでもグレンの負担を減らそうと反対側に寄っていると、自身に視線が注がれていることに気付く。
「何でしょう? どこかおかしいですか?」
ドレスを用意したのはグレンだし、着付けも化粧もシャーリーがしてくれた。
ステラが関わっていない以上、貴族的には安心の装いだと思っていたのだが、何か問題があったのだろうか。
「いや。とても綺麗だよ。誰にも見せたくないくらいだ」
グレンが微笑みながらシャーリーと同じようなことを言っている。
さすがは乳姉弟と感心してしまうが、何だかシャーリーの時とは少し違う。
胸のあたりがムズムズするというか、何というか、落ち着かない。
だが、これも受け入れなければいけない。
グレンの溺愛のために、きちんとステラの役割を果たさなければ。
だが、この場合の受け入れるというのはどんな返答だろう。
毎回お礼だけでは能がないし、グレンのセリフを取り入れた方がいいかもしれない。
「ええと。では……見せないように、帰りますか?」
その瞬間、グレンの動きが止まった。
暗闇に光る猫の目のように、紅玉の瞳はまん丸だ。
ステラなりに考えてグレンの言葉を受け入れた言葉を捻り出したのだが、そんなに変だったのだろうか。
ようやく動いたと思ったら、今度は口元に手を当てたままうつむいてしまった。
「あの。どうしました?」
そんなに駄目な回答だったのだろうか。
だとしても、まだ溺愛初心者なので大目に見てほしい。
「いや。それはちょっと、駄目だな」
「あ、そうですね。急な不参加では先方にも失礼ですね」
体調不良ならともかく、大した理由もなく急に参加を取りやめるわけにはいかない。
溺愛を受け入れつつ貴族社会に適した答えというのは、なかなか難しいものだ。
「違う。そうだけど、違う」
ようやく顔を上げたかと思えば、何やら少し顔が赤いが、熱でもあるのだろうか。
「俺は、ステラが綺麗だから誰にも見せたくないと言った。それに対して『それなら帰ろう』と言われたら……二人で過ごそう、と聞こえるよ」
「はあ」
そうだろうか、そうかもしれない。
だが呪いの中和の際には部屋に二人だし、別におかしいことではない気がするのだが。
「更に、ステラも俺以外には見られたくない、と言っているように聞こえる」
「それは、さすがに飛躍しすぎではありませんか?」
見せたくないと言うので見せない方法を考えただけであって、それ以上でもそれ以下でもない。
「そうかもしれない。でも、そう聞こえてしまうほど、俺はステラの言葉が嬉しい」
「……帰りたいのですか?」
もしかして、グレンもこの夜会に乗り気ではないのだろうか。
貴族同士の付き合いというものもあるだろうし、すべての集まりに快く参加しているわけではないのかもしれない。
「違うよ。それに……今帰ったら、ステラを手放せなくなるから駄目だ」
そう言うとステラの手をすくい取り、その甲に触れるか触れないかのキスを落とす。
びっくりしたが、手袋越しだし、受け入れるという範疇にこれも入るのだろう。
何とか悲鳴を飲み込んでいると、グレンは楽しそうに笑みを浮かべている。
よくわからないが、家に帰ると手放せないというからには、ステラをそばに置くということだろう。
となれば、考えられることはひとつだ。
「もしかして、体調が悪いのですか?」
「違うけれど……じゃあ、手を握っていてくれるかな」
「はい!」
元気に返事をするとグレンの手を握る。
だが、どちらかというとステラの手が包み込まれるような形だ。
「グレン様。中和した方がいいでしょうか」
ここまでしっかりと手を握りたいのだから、相応につらいのだろう。
だったら会場に到着する前に中和しておいた方がいいはずだ。
だが、グレンはゆっくりと首を振る。
「いや。これから夜会なのに、ステラが疲れても困る。このまま手を握っていてくれれば十分だ」
「わかりました」
なるほど、わざわざ魔力を流さなくても、こうして手を握っていれば違うものなのか。
ならば、しっかりと手を握って、少しでも楽になってほしい。
真剣な顔で手を握りしめるステラを見て、グレンが苦笑している。
「何だか、今日は凄く素直だね」
「え? でも、グレン様が私は受け入れればそれでいいと言っていたので」
「それが理由?」
うなずくステラを見ると、困ったと言わんばかりに眉が下がっていく。
「そうか。ステラはしっかりしているようで、こういうことは抜けているというか。……ああ、少しは信頼してくれているのかな。嬉しいよ」
微笑みながら、またステラの頭を撫でる。
シュテルンほどではないにしても、ステラの頭も撫で心地がいいのだろうか。
「でも、そういうことを言うと悪用する男もいるからね。俺以外には、言わないで」
「グレン様以外とは契約していませんから、言いませんよ」
溺愛のお手伝いは契約上の伯爵夫人としての嗜みのようなものだ。
無関係の男性にわざわざ言う理由もない。
「うーん。まだ、そこか。多少ずるい気もするが、今はありがたく活用しよう。……ステラ、じっとして?」
「はい」
頭を撫でていた手を下げると、グレンはそのままステラの背に手を回して優しく抱きしめた。
理由がわからないが、これも受け入れる対象だろうか。
少しは慣れたらしく、悲鳴も上がってこない。
とりあえずじっとしていると、グレンの楽しそうな笑い声が耳に届いた。
「今日のステラは、いつもよりも更に綺麗だ。俺のそばから離れてはいけないよ」
またお世辞が出てきたが、これも受け入れの対象だろう。
それにしても、いちいちムズムズする言い回しなのはどうにかならないものか。
「ステラ、眉間に皺が寄っているよ」
「すみません。受け入れるというのは、なかなか大変ですね」
はいはいと言って従っていればいいのかと思いきや、何だかつらい。
嫌とは違うが、妙に胸の奥が疲れてしまう。
……もしかして、何かの病気だろうか。
「頑張って」
そう言うが早いか、グレンはステラの手に唇を落とす。
「ひゃあ!」
さすがにびっくりして声を上げるステラを、グレンは楽しそうに見つめている。
その笑みを見ていたら、胸の奥がムズムズして仕方がない。
やはり病気かもしれない。
あるいは病気ではないとしたら……一体、何なのだろう。
眉間に皺を寄せて悩むステラをグレンはもう一度抱きしめた。