【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
41 思いがけぬ繋がり
「先日は、本当にありがとうございました」
グレンと共に出かけた夜会で、一人の少年がそう言ってステラに頭を下げた。
「ステラ、彼はフレッドだよ。もうすっかり回復して、仕事にも復帰したんだ」
フレッドというと、治癒院に担ぎ込まれた血まみれの男性か。
あの時は死にかけていたし、ステラも必死なのでよくわからなかったが、まだ年若い少年だ。
助かったという話は聞いていたが、こうして本人を前にすると感慨深いものがある。
「いいえ。お元気そうで、安心しました」
ステラの笑みにつられてフレッドも笑うが、その後も何故だかじっとこちらを見つめている。
今日もグレンの見立てたドレスだし、そこまでおかしなことになってはいないと思うのだが。
「ええと。俺のこと、憶えていますか?」
「先日、治癒院に運ばれてきましたよね」
今その話をしたばかりだが、どういう意味だろう。
「いえ、そうではなく。……俺は、フレッド・モンクトンです」
「モンクトン……ザカリー様の?」
ステラが借金のかたに嫁いだのがモンクトン伯爵家で、スケベおやじことザカリー・モンクトンは一夜限りの結婚相手だ。
まさかの名前に思わず体がこわばり、それを察したらしいグレンがそっと手を握ってきた。
「ザカリーは、伯父です。俺は、あなたが屋敷に来た時に、一度だけ会っています。正確には、見かけたというべきでしょうか」
「そう、なのですね」
モンクトンの屋敷を訪れたのは結婚当日だが、あの時は緊張と絶望でそれどころではなく、あまり記憶にない。
「その……あの後、ご実家に戻ったと聞いていたのですが、違ったのですね」
「戻りましたよ。すぐに勘当されて、平民になっただけです」
ステラよりは年下であろうフレッドは、あの時十五歳にも満たない子供だったはず。
だから何の関与もしていないとわかっているのに、モンクトンの関係者だと思うとつい警戒してしまう。
周知の事実だろうと思っていたのだが、フレッドの驚き具合からすると、知らなかったようだ。
確かに伯爵家からすれば一夜限りの花嫁など、邪魔なだけだ。
どうなっていようと構わないのだろうから、確認などしないのも当然である。
「そんな。では、慰謝料で平民として生活を?」
「慰謝料? そんなものが、あったのですか?」
確かに結果だけ見れば、ステラは伯爵家の都合で追い出されたとも言えるので、払ってもおかしくないのかもしれない。
だが、もともと借金のかたに嫁いだわけだし、反対に賠償金でも請求されそうな気がする。
ステラとしては特に気にもならないことだったが、その返答でグレンとフレッドの表情が明らかに曇った。
「――まあ、グレン様! お会いできて嬉しいですわ」
突然の甲高い声に驚いて見てみれば、一人の少女が笑顔で近付いてくるところだった。
淡いピンク色のドレスにはリボンやレースがふんだんにあしらわれていて、華やかで可愛らしい。
「ジェシカ、突然失礼だろう」
「お兄様が私を置いて行ってしまったのでしょう? 探しましたのよ」
フレッドの妹だというのなら、恐らく社交界デビューしたばかりなのだろう。
初々しさと少しわがままそうな雰囲気が、可愛らしい容姿にとても似合っていた。
「グレン様、今日はわたくしと一緒に踊ってくださいますか?」
「遠慮しておくよ。妻がいるのに、他の女性と踊る気にはなれない」
「妻」
それまでの花が綻ぶような笑みから一転して、ステラに向けられる眼差しは険しい。
「ああ……亡きザカリー伯父様の奥様なのですよね? 伯母様と呼んだ方がよろしいかしら」
これはまた、見事な嘲笑。
初対面のはずだが、どうやらジェシカはステラのことが気に入らないらしい。
「いえ。もう死別して、モンクトン家を出されていますので」
「十六歳の時に伯父様と結婚したのでしょう? 父親と同じ世代の男性と結婚だなんて、わたくしなら絶対に嫌ですわ。それに、初夜に伯父様が亡くなるなんて……本当に、病死だったのでしょうか?」
「ザカリー様とは、夕食の時に顔を合わせただけです。弟のテレンス様がご存知だと思います」
あの夕食時に、ザカリーはステラを舐めるように見て『綺麗な金髪だ』と言ったのだ。
あまりの気持ち悪さに、部屋に戻ってから髪をすべて切り落とそうかと思ったのを憶えている。
師匠曰く、その時の精神的な負担がステラの魔法の方向性を決定づける要因になったというので、本当に忌まわしいとしか言いようがない。
「父の名を気安く呼ばないでくださいませ。……毒婦が」
可愛らしい口から飛び出した似合わない言葉にステラが驚いていると、グレンがステラの肩を抱き寄せた。
「俺の妻を侮辱するのは、やめてもらおうか」
明らかな怒りの色に一瞬怯んだものの、ジェシカはステラを睨みつける。
「グレン様は、騙されているのですわ」
「……フレッド。君の妹がデビューしたからと頼まれて、一度だけ踊ったが。あれは、間違いだったようだな。兄の上司の妻を公の場で侮辱するような女性だとわかっていれば、断ったものを」
グレンの視線を受けたフレッドは、ただ頭を下げる。
「そんな、グレン様」
縋りつくように近付くジェシカの手を、グレンが軽く振り払う。
「俺の名を呼ぶことを許した覚えはない。控えてもらおう」
明確な拒否にショックを受けた様子のジェシカは、すぐにステラを睨みつけたが、フレッドが手で制する。
「妹が失礼致しました。俺は……俺達は、ステラさんは実家に戻って慰謝料でのんびり暮らしているものとばかり思っていました。まさか、そんな目に遭っていたとは」
「……先日、その元実家からコーネル男爵夫人が勝手に訪ねてきたが、あれはフレッドが連絡を?」
「いえ、それは」
「――それは、わたくしですわ!」
グレンと共に出かけた夜会で、一人の少年がそう言ってステラに頭を下げた。
「ステラ、彼はフレッドだよ。もうすっかり回復して、仕事にも復帰したんだ」
フレッドというと、治癒院に担ぎ込まれた血まみれの男性か。
あの時は死にかけていたし、ステラも必死なのでよくわからなかったが、まだ年若い少年だ。
助かったという話は聞いていたが、こうして本人を前にすると感慨深いものがある。
「いいえ。お元気そうで、安心しました」
ステラの笑みにつられてフレッドも笑うが、その後も何故だかじっとこちらを見つめている。
今日もグレンの見立てたドレスだし、そこまでおかしなことになってはいないと思うのだが。
「ええと。俺のこと、憶えていますか?」
「先日、治癒院に運ばれてきましたよね」
今その話をしたばかりだが、どういう意味だろう。
「いえ、そうではなく。……俺は、フレッド・モンクトンです」
「モンクトン……ザカリー様の?」
ステラが借金のかたに嫁いだのがモンクトン伯爵家で、スケベおやじことザカリー・モンクトンは一夜限りの結婚相手だ。
まさかの名前に思わず体がこわばり、それを察したらしいグレンがそっと手を握ってきた。
「ザカリーは、伯父です。俺は、あなたが屋敷に来た時に、一度だけ会っています。正確には、見かけたというべきでしょうか」
「そう、なのですね」
モンクトンの屋敷を訪れたのは結婚当日だが、あの時は緊張と絶望でそれどころではなく、あまり記憶にない。
「その……あの後、ご実家に戻ったと聞いていたのですが、違ったのですね」
「戻りましたよ。すぐに勘当されて、平民になっただけです」
ステラよりは年下であろうフレッドは、あの時十五歳にも満たない子供だったはず。
だから何の関与もしていないとわかっているのに、モンクトンの関係者だと思うとつい警戒してしまう。
周知の事実だろうと思っていたのだが、フレッドの驚き具合からすると、知らなかったようだ。
確かに伯爵家からすれば一夜限りの花嫁など、邪魔なだけだ。
どうなっていようと構わないのだろうから、確認などしないのも当然である。
「そんな。では、慰謝料で平民として生活を?」
「慰謝料? そんなものが、あったのですか?」
確かに結果だけ見れば、ステラは伯爵家の都合で追い出されたとも言えるので、払ってもおかしくないのかもしれない。
だが、もともと借金のかたに嫁いだわけだし、反対に賠償金でも請求されそうな気がする。
ステラとしては特に気にもならないことだったが、その返答でグレンとフレッドの表情が明らかに曇った。
「――まあ、グレン様! お会いできて嬉しいですわ」
突然の甲高い声に驚いて見てみれば、一人の少女が笑顔で近付いてくるところだった。
淡いピンク色のドレスにはリボンやレースがふんだんにあしらわれていて、華やかで可愛らしい。
「ジェシカ、突然失礼だろう」
「お兄様が私を置いて行ってしまったのでしょう? 探しましたのよ」
フレッドの妹だというのなら、恐らく社交界デビューしたばかりなのだろう。
初々しさと少しわがままそうな雰囲気が、可愛らしい容姿にとても似合っていた。
「グレン様、今日はわたくしと一緒に踊ってくださいますか?」
「遠慮しておくよ。妻がいるのに、他の女性と踊る気にはなれない」
「妻」
それまでの花が綻ぶような笑みから一転して、ステラに向けられる眼差しは険しい。
「ああ……亡きザカリー伯父様の奥様なのですよね? 伯母様と呼んだ方がよろしいかしら」
これはまた、見事な嘲笑。
初対面のはずだが、どうやらジェシカはステラのことが気に入らないらしい。
「いえ。もう死別して、モンクトン家を出されていますので」
「十六歳の時に伯父様と結婚したのでしょう? 父親と同じ世代の男性と結婚だなんて、わたくしなら絶対に嫌ですわ。それに、初夜に伯父様が亡くなるなんて……本当に、病死だったのでしょうか?」
「ザカリー様とは、夕食の時に顔を合わせただけです。弟のテレンス様がご存知だと思います」
あの夕食時に、ザカリーはステラを舐めるように見て『綺麗な金髪だ』と言ったのだ。
あまりの気持ち悪さに、部屋に戻ってから髪をすべて切り落とそうかと思ったのを憶えている。
師匠曰く、その時の精神的な負担がステラの魔法の方向性を決定づける要因になったというので、本当に忌まわしいとしか言いようがない。
「父の名を気安く呼ばないでくださいませ。……毒婦が」
可愛らしい口から飛び出した似合わない言葉にステラが驚いていると、グレンがステラの肩を抱き寄せた。
「俺の妻を侮辱するのは、やめてもらおうか」
明らかな怒りの色に一瞬怯んだものの、ジェシカはステラを睨みつける。
「グレン様は、騙されているのですわ」
「……フレッド。君の妹がデビューしたからと頼まれて、一度だけ踊ったが。あれは、間違いだったようだな。兄の上司の妻を公の場で侮辱するような女性だとわかっていれば、断ったものを」
グレンの視線を受けたフレッドは、ただ頭を下げる。
「そんな、グレン様」
縋りつくように近付くジェシカの手を、グレンが軽く振り払う。
「俺の名を呼ぶことを許した覚えはない。控えてもらおう」
明確な拒否にショックを受けた様子のジェシカは、すぐにステラを睨みつけたが、フレッドが手で制する。
「妹が失礼致しました。俺は……俺達は、ステラさんは実家に戻って慰謝料でのんびり暮らしているものとばかり思っていました。まさか、そんな目に遭っていたとは」
「……先日、その元実家からコーネル男爵夫人が勝手に訪ねてきたが、あれはフレッドが連絡を?」
「いえ、それは」
「――それは、わたくしですわ!」