【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
43 師匠の告白
翌日、ステラは朝から部屋の整理をしていた。
もともと仮住まいだからと綺麗にしてはいたが、すぐに出ていくことになっても困らないようにしなくてはいけない。
ドレス類は別室でシャーリーが管理してくれているので、この部屋にあるのは普段使いの服と装飾品だ。
普段使いと言っても、あくまでもウォルフォード伯爵夫人に相応しいもの。
本来のステラが袖を通すような服ではない。
この屋敷に来た時に来ていた服は、上質な服の中でその場違いぶりに少し窮屈そうにも見えた。
「まるで、私みたいですね」
笑いながら広げてみると、長年着ていただけあって傷みが目立っている。
他の服はすべて失ってしまったし、ここを出ていくときにはこの服を着るにしても、他の服を買わなければ。
「あとは部屋探しに、家財道具に……結構物入りですよね」
何せすべてを失ってしまったので、一から買い揃えなければいけない。
大事なものは院長に預けていたから推薦状とお金は無事だが、出費は痛かった。
契約を終えれば離婚するので、ステラは平民に戻る。
そこまでは想定内だが、部屋がないというのがやはりきつい。
どうしたものかと悩みながら治癒院に出勤し、ふと壁に貼ってある求人票に気が付いた。
普段は近隣の薬師募集や薬草採取の依頼ばかりだが、それは隣国での薬師募集だった。
一筋の光明が差すとは、まさにこのこと。
ステラは求人票をむしり取ると、そのまま院長室に駆け込んだ。
「院長。これ、私でも行けますか?」
院長は驚いた表情で求人票を受け取ると、内容に目を通し、うなずいた。
「紹介状があれば、ステラなら問題ありませんが。……でも、あなたは今ウォルフォード伯爵夫人でしょう? 伯爵には相談したのですか?」
院長に促されて椅子に座ると、求人票を持ったまま院長はその正面に座った。
「もう少しで契約も終わりますから、先のことを考えませんと。元実家の継母が私のことを見つけて金蔓にしようとしていますし。どうせ部屋を借りるところからお金がかかるので、いっそ心機一転して他の国に行くのもいいと思うのです」
「いえ、ですから伯爵は……」
院長の言葉を遮るようなタイミングで扉が勢いよく開かれると、そこには懐かしい人の姿があった。
「久しぶりね、ステラ。元気だった?」
「師匠! いつ戻ったのですか?」
ステラの師匠ことジェマは、院長に笑顔で手を振ると、そのままステラの隣に腰かける。
ついでとばかりに布袋を机の上に置いたが、妙な匂いがするところから察するに、中身は薬草だろうか。
「今朝帰ってきたわ。それにしてもステラ。少し見ない間に何だか可愛くなった? 髪も艶々ねえ」
「そんなことよりも、師匠に診てもらいたい人がいます」
「うん? 魔女の仕事の話なら、ちょっと」
ちらりと視線を向けられた院長は、ため息をつくと椅子から立ち上がった。
「私が席を外すので、ここでどうぞ。この匂いの酷い薬草はお土産ということでいただいていいのでしょうか?」
「新種らしいわよ。私にはよくわからないけど。そういうの好きでしょう? あと、お菓子も入っているから、後で食べて」
匂いが酷い薬草とお菓子を一緒の袋に入れるのもどうかと思うが、ジェマはそういうところを気にする人ではないので、言っても無駄だ。
院長もそれをわかっているらしく、呆れた様子で袋をつまんで部屋を出て行った。
「それで?」
「呪いを受けた人の中和を請け負ったのですが、師匠なら他の方法を知っているかと」
「基本的に正規の解呪方法以外で完全に呪いをなくすのは難しいわ。まあ、ステラの魔力なら中和すればいいところまでいけそうだけど」
ジェマはポケットから小さな袋を取り出すと、ステラの手に乗せる。
恐らくは、院長に言っていたお菓子のお裾分けなのだろう。
ほんのりと酷い匂いがするが、とりあえずありがたく受け取った。
「正規の解呪方法は知っているけれど、無理なのだそうです。それで、私が住み込みで中和をしているのですが」
「住み込みぃ⁉ また、誤解されそうなことを。大丈夫? 手を出されていない?」
身を乗り出して眉をひそめているのは、ステラを心配してくれているからだ。
数少ない心から信用できる相手に、ステラの頬も緩む。
「大丈夫です。それに、夫婦という形になっているので、誤解の方も平気です」
「夫婦? 結婚したの⁉」
「はい。貴族籍に一年間入れば、離婚して平民に戻っても王立図書館の閲覧権が手に入りますので。交換条件ですね」
「……ああ、閲覧権。ステラ、欲しがっていたものねえ」
納得したらしいジェマは、乗り出していた体を戻すと、椅子に深く腰掛け直した。
「でも、ステラと暮らしていたら、手を出したくなるでしょう。可愛いし。本当に大丈夫?」
院長もそうだが、ジェマもステラの容姿を過大評価する傾向にある。
恐らく親馬鹿と似たようなものなのだろうが、不要な心配に少し笑いたくなる。
「はい、平気です。グレン様は紳士ですし、私はあくまでも契約上の仮初めの妻ですから」
溺愛宣言の関係で多少スキンシップが多いし、甘い言葉を聞くこともあるが、あれは別物だ。
いわゆる男女の仲としては何もないので、問題ない。
「グレン? ……もしかして、グレン・ウォルフォード伯爵?」
「知っているのですか?」
確かに貴族内では美貌の伯爵として名が通っているようだが、平民でその名を知る機会は少ないと思うのだが。
ステラが知らなかっただけで、有名人なのだろうか。
「呪いって、猫でしょう?」
「何故知っているのですか⁉」
「その呪いをかけたの、私だから」
もともと仮住まいだからと綺麗にしてはいたが、すぐに出ていくことになっても困らないようにしなくてはいけない。
ドレス類は別室でシャーリーが管理してくれているので、この部屋にあるのは普段使いの服と装飾品だ。
普段使いと言っても、あくまでもウォルフォード伯爵夫人に相応しいもの。
本来のステラが袖を通すような服ではない。
この屋敷に来た時に来ていた服は、上質な服の中でその場違いぶりに少し窮屈そうにも見えた。
「まるで、私みたいですね」
笑いながら広げてみると、長年着ていただけあって傷みが目立っている。
他の服はすべて失ってしまったし、ここを出ていくときにはこの服を着るにしても、他の服を買わなければ。
「あとは部屋探しに、家財道具に……結構物入りですよね」
何せすべてを失ってしまったので、一から買い揃えなければいけない。
大事なものは院長に預けていたから推薦状とお金は無事だが、出費は痛かった。
契約を終えれば離婚するので、ステラは平民に戻る。
そこまでは想定内だが、部屋がないというのがやはりきつい。
どうしたものかと悩みながら治癒院に出勤し、ふと壁に貼ってある求人票に気が付いた。
普段は近隣の薬師募集や薬草採取の依頼ばかりだが、それは隣国での薬師募集だった。
一筋の光明が差すとは、まさにこのこと。
ステラは求人票をむしり取ると、そのまま院長室に駆け込んだ。
「院長。これ、私でも行けますか?」
院長は驚いた表情で求人票を受け取ると、内容に目を通し、うなずいた。
「紹介状があれば、ステラなら問題ありませんが。……でも、あなたは今ウォルフォード伯爵夫人でしょう? 伯爵には相談したのですか?」
院長に促されて椅子に座ると、求人票を持ったまま院長はその正面に座った。
「もう少しで契約も終わりますから、先のことを考えませんと。元実家の継母が私のことを見つけて金蔓にしようとしていますし。どうせ部屋を借りるところからお金がかかるので、いっそ心機一転して他の国に行くのもいいと思うのです」
「いえ、ですから伯爵は……」
院長の言葉を遮るようなタイミングで扉が勢いよく開かれると、そこには懐かしい人の姿があった。
「久しぶりね、ステラ。元気だった?」
「師匠! いつ戻ったのですか?」
ステラの師匠ことジェマは、院長に笑顔で手を振ると、そのままステラの隣に腰かける。
ついでとばかりに布袋を机の上に置いたが、妙な匂いがするところから察するに、中身は薬草だろうか。
「今朝帰ってきたわ。それにしてもステラ。少し見ない間に何だか可愛くなった? 髪も艶々ねえ」
「そんなことよりも、師匠に診てもらいたい人がいます」
「うん? 魔女の仕事の話なら、ちょっと」
ちらりと視線を向けられた院長は、ため息をつくと椅子から立ち上がった。
「私が席を外すので、ここでどうぞ。この匂いの酷い薬草はお土産ということでいただいていいのでしょうか?」
「新種らしいわよ。私にはよくわからないけど。そういうの好きでしょう? あと、お菓子も入っているから、後で食べて」
匂いが酷い薬草とお菓子を一緒の袋に入れるのもどうかと思うが、ジェマはそういうところを気にする人ではないので、言っても無駄だ。
院長もそれをわかっているらしく、呆れた様子で袋をつまんで部屋を出て行った。
「それで?」
「呪いを受けた人の中和を請け負ったのですが、師匠なら他の方法を知っているかと」
「基本的に正規の解呪方法以外で完全に呪いをなくすのは難しいわ。まあ、ステラの魔力なら中和すればいいところまでいけそうだけど」
ジェマはポケットから小さな袋を取り出すと、ステラの手に乗せる。
恐らくは、院長に言っていたお菓子のお裾分けなのだろう。
ほんのりと酷い匂いがするが、とりあえずありがたく受け取った。
「正規の解呪方法は知っているけれど、無理なのだそうです。それで、私が住み込みで中和をしているのですが」
「住み込みぃ⁉ また、誤解されそうなことを。大丈夫? 手を出されていない?」
身を乗り出して眉をひそめているのは、ステラを心配してくれているからだ。
数少ない心から信用できる相手に、ステラの頬も緩む。
「大丈夫です。それに、夫婦という形になっているので、誤解の方も平気です」
「夫婦? 結婚したの⁉」
「はい。貴族籍に一年間入れば、離婚して平民に戻っても王立図書館の閲覧権が手に入りますので。交換条件ですね」
「……ああ、閲覧権。ステラ、欲しがっていたものねえ」
納得したらしいジェマは、乗り出していた体を戻すと、椅子に深く腰掛け直した。
「でも、ステラと暮らしていたら、手を出したくなるでしょう。可愛いし。本当に大丈夫?」
院長もそうだが、ジェマもステラの容姿を過大評価する傾向にある。
恐らく親馬鹿と似たようなものなのだろうが、不要な心配に少し笑いたくなる。
「はい、平気です。グレン様は紳士ですし、私はあくまでも契約上の仮初めの妻ですから」
溺愛宣言の関係で多少スキンシップが多いし、甘い言葉を聞くこともあるが、あれは別物だ。
いわゆる男女の仲としては何もないので、問題ない。
「グレン? ……もしかして、グレン・ウォルフォード伯爵?」
「知っているのですか?」
確かに貴族内では美貌の伯爵として名が通っているようだが、平民でその名を知る機会は少ないと思うのだが。
ステラが知らなかっただけで、有名人なのだろうか。
「呪いって、猫でしょう?」
「何故知っているのですか⁉」
「その呪いをかけたの、私だから」