【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
47 行くな
「ステラ、大丈夫? とりあえず、座ろう」
促されるままにベッドに腰を下ろすと、グレンもその隣に座った。
「怪我は? 痛いところはないか?」
頬を撫で、手を握られるが、ステラとしてはそれどころではない。
「大丈夫です。それよりも、何故ここに?」
聞きたいことは色々あるが、まずはそれが疑問だ。
ステラが屋敷にいないことに気付いたにしても、探し当てるのが早すぎる。
それに、わざわざグレンが来る理由がわからなかった。
「先代のモンクトン伯爵との死別で、慰謝料について知らないと言っていただろう? あれをフレッドに調べてもらっていて、報告が今日だった。ステラの話も聞こうと思ったら部屋にいなくて、机の上に手紙を見つけた」
では、来客というのはフレッドのことだったのか。
部下だというフレッドとなら職場である王城で話ができそうなものだが、それをしなかったのは内容があれなのと、ステラの話を聞くためだったのだろう。
「急いで探そうとしたら、今度は魔女が訪ねてきてね。ステラがいないことを知ると、国外に出るつもりだと教えてくれた。遅い時間だし、自分や院長に迷惑をかけられないと宿に泊まって、朝一番で動き出すはずだと」
何と、完全に行動がばれている。
隣国に行くこと自体はジェマに告げていたが、ここまで予測されていると何だか恥ずかしい。
「それにしても、よくこの宿がわかりましたね」
宿と一口に言っても、王都に何件の宿があるのか想像もつかない。
それに、ステラは偽名を使っていたから、宿帳だけではわからないはずだ。
「近場から、しらみつぶしにあたった。フレッドも協力してくれたし、コーネル男爵夫人がうろついているという情報があったから、騎士の手も借りた。……それで、何故シュテルン・ナイトレイという名前に?」
「もうウォルフォードではなくなりますし、貴族の名を市井の宿で出すのは良くないでしょう。それに、私の名前は悪い意味でそれなりに知られていますから、無用なトラブルを起こしたくありませんでした」
グレンは大きなため息をつくとステラの手を握り直し、まっすぐに見つめてきた。
「……何故、出て行った」
「手紙を読んでいないのですか?」
「いや。読んだ」
それなら、事情はすべてわかるはずだ。
ステラが出て行ってもグレンに大きな不利益はないのだから、探す必要はないと思うのだが。
「俺と魔女の間で、最初に話はついている。大変に迷惑だが解呪方法は教わっていたし、それを実行できないのは俺の都合だ。ステラは知らなかったし、中和で助けてくれた。ステラは何も悪くない」
やはり、グレンは優しい。
そう言ってもらえるのは嬉しいが、どちらにしても好意に気が付いてしまった以上、今まで通りに接することはできない。
ここで契約を終えるべきだ。
「私と師匠が共謀して、閲覧権を手に入れようとしたのかもしれませんよ」
それを疑われたら心が死ぬとわかっていて口に出したのは、自らにとどめを刺すためだ。
こうして探しに来てくれたことで勘違いしかねないステラの心を、戒めるためだ。
来たる致命傷に備えてうつむいてぐっと拳を握り締めると、重ねられていたグレンの手がそっとステラを撫でた。
「それは、ないな」
意外な言葉に顔を上げると、紅玉の瞳が優しく細められた。
「閲覧権のためだとしたら、何故一年経たないうちに出て行くんだ? それに、何ひとつ持ち出していないどころか、綺麗に整頓されていた。金が欲しければ、宝石だけでも持っていくだろうに」
「どちらにしても、契約はもうすぐ終わります。伯爵夫人としていただいたものは、私個人のものではありません」
「ならば、ノートは? あれだけ一生懸命勉強していたのに、置いていくのか」
あれは確かに、ステラ個人が頑張ったものだ。
ノートは用意されたが、そのぶんの代金を支払ってでも持ち出すことはできただろう。
だが、そんな気にはなれなかった。
「あれも、伯爵夫人として図書館に入って勉強したものですし。それに、沢山のノートを持っていては、国境を移動するのが大変です」
グレンはステラの手を放すと立ち上がり、床に落ちていたネックレスを拾い上げる。
「それなら、何故これは持って行った?」
ステラの隣に戻ったグレンの手のひらには、星の飾りに赤い石をはめ込んだネックレスがある。
鎖はちぎれているし、踏まれたせいで歪んでいるが、赤い石は変わらず輝いていた。
「それは……契約外の、お詫びだと言っていたので」
かなり苦しい言い訳ではあるが、まさか本当のことを言うわけにもいかない。
気まずくて視線を逸らすと、グレンが苦笑しているのが視界の隅に見えた。
「魔女から『ツンドラの女神』の力は聞いた。確かに、おいそれと口にはできないだろうし、貴重で引く手あまただろう。そして大抵は壮年や老年の男性で、金銭的に余裕のある貴族。……愛人なんて噂が出ても仕方のない客層だな」
ジェマがステラの魔女としての力を教えたことには驚いたが、そもそも魔女の能力を明かすこと自体は禁忌ではない。
ステラの顧客である薄毛人の名誉のために隠していただけのことだ。
「何を言われてもステラは治療としか言いようがないし、客も自ら事情を明かすことはない。……ずっと隠して、誤解されて、つらかっただろうに」
やめて、慰めないで。
グレンにそんな言葉をかけられたら、せっかく閉じ込めようとしている乙女心が再浮上してしまう。
これから一人で強く生きていくのだから、それでは駄目なのだ。
ステラは小さく深呼吸すると、とびきりの営業スマイルを浮かべた。
「平気です。慣れていますから。もともと、もうすぐ契約は終了でした。呪いの中和は他の魔法使いでもできますし、猫姿から戻るまでの時間も減っているようなので、毎日中和しなくても大丈夫でしょう」
ジェマも中和が効いていると言っていたから、解呪には至らなくてもいいところまでいけるかもしれない。
ステラでは毛艶のいい猫になって終わりかもしれないし、かえって他の人間の方が魔力の相性がいい可能性もある。
ちょうどいい機会だろう。
「今までお世話になりました。助けに来ていただき、ありがとうございます。今度は素敵な方と、幸せな結婚生活をお送りください」
頭を下げて立ち上がろうとすると、ステラの手をグレンが握りしめた。
「駄目だ。――行くな。行かないでくれ。俺との結婚は、まだ続いている」
促されるままにベッドに腰を下ろすと、グレンもその隣に座った。
「怪我は? 痛いところはないか?」
頬を撫で、手を握られるが、ステラとしてはそれどころではない。
「大丈夫です。それよりも、何故ここに?」
聞きたいことは色々あるが、まずはそれが疑問だ。
ステラが屋敷にいないことに気付いたにしても、探し当てるのが早すぎる。
それに、わざわざグレンが来る理由がわからなかった。
「先代のモンクトン伯爵との死別で、慰謝料について知らないと言っていただろう? あれをフレッドに調べてもらっていて、報告が今日だった。ステラの話も聞こうと思ったら部屋にいなくて、机の上に手紙を見つけた」
では、来客というのはフレッドのことだったのか。
部下だというフレッドとなら職場である王城で話ができそうなものだが、それをしなかったのは内容があれなのと、ステラの話を聞くためだったのだろう。
「急いで探そうとしたら、今度は魔女が訪ねてきてね。ステラがいないことを知ると、国外に出るつもりだと教えてくれた。遅い時間だし、自分や院長に迷惑をかけられないと宿に泊まって、朝一番で動き出すはずだと」
何と、完全に行動がばれている。
隣国に行くこと自体はジェマに告げていたが、ここまで予測されていると何だか恥ずかしい。
「それにしても、よくこの宿がわかりましたね」
宿と一口に言っても、王都に何件の宿があるのか想像もつかない。
それに、ステラは偽名を使っていたから、宿帳だけではわからないはずだ。
「近場から、しらみつぶしにあたった。フレッドも協力してくれたし、コーネル男爵夫人がうろついているという情報があったから、騎士の手も借りた。……それで、何故シュテルン・ナイトレイという名前に?」
「もうウォルフォードではなくなりますし、貴族の名を市井の宿で出すのは良くないでしょう。それに、私の名前は悪い意味でそれなりに知られていますから、無用なトラブルを起こしたくありませんでした」
グレンは大きなため息をつくとステラの手を握り直し、まっすぐに見つめてきた。
「……何故、出て行った」
「手紙を読んでいないのですか?」
「いや。読んだ」
それなら、事情はすべてわかるはずだ。
ステラが出て行ってもグレンに大きな不利益はないのだから、探す必要はないと思うのだが。
「俺と魔女の間で、最初に話はついている。大変に迷惑だが解呪方法は教わっていたし、それを実行できないのは俺の都合だ。ステラは知らなかったし、中和で助けてくれた。ステラは何も悪くない」
やはり、グレンは優しい。
そう言ってもらえるのは嬉しいが、どちらにしても好意に気が付いてしまった以上、今まで通りに接することはできない。
ここで契約を終えるべきだ。
「私と師匠が共謀して、閲覧権を手に入れようとしたのかもしれませんよ」
それを疑われたら心が死ぬとわかっていて口に出したのは、自らにとどめを刺すためだ。
こうして探しに来てくれたことで勘違いしかねないステラの心を、戒めるためだ。
来たる致命傷に備えてうつむいてぐっと拳を握り締めると、重ねられていたグレンの手がそっとステラを撫でた。
「それは、ないな」
意外な言葉に顔を上げると、紅玉の瞳が優しく細められた。
「閲覧権のためだとしたら、何故一年経たないうちに出て行くんだ? それに、何ひとつ持ち出していないどころか、綺麗に整頓されていた。金が欲しければ、宝石だけでも持っていくだろうに」
「どちらにしても、契約はもうすぐ終わります。伯爵夫人としていただいたものは、私個人のものではありません」
「ならば、ノートは? あれだけ一生懸命勉強していたのに、置いていくのか」
あれは確かに、ステラ個人が頑張ったものだ。
ノートは用意されたが、そのぶんの代金を支払ってでも持ち出すことはできただろう。
だが、そんな気にはなれなかった。
「あれも、伯爵夫人として図書館に入って勉強したものですし。それに、沢山のノートを持っていては、国境を移動するのが大変です」
グレンはステラの手を放すと立ち上がり、床に落ちていたネックレスを拾い上げる。
「それなら、何故これは持って行った?」
ステラの隣に戻ったグレンの手のひらには、星の飾りに赤い石をはめ込んだネックレスがある。
鎖はちぎれているし、踏まれたせいで歪んでいるが、赤い石は変わらず輝いていた。
「それは……契約外の、お詫びだと言っていたので」
かなり苦しい言い訳ではあるが、まさか本当のことを言うわけにもいかない。
気まずくて視線を逸らすと、グレンが苦笑しているのが視界の隅に見えた。
「魔女から『ツンドラの女神』の力は聞いた。確かに、おいそれと口にはできないだろうし、貴重で引く手あまただろう。そして大抵は壮年や老年の男性で、金銭的に余裕のある貴族。……愛人なんて噂が出ても仕方のない客層だな」
ジェマがステラの魔女としての力を教えたことには驚いたが、そもそも魔女の能力を明かすこと自体は禁忌ではない。
ステラの顧客である薄毛人の名誉のために隠していただけのことだ。
「何を言われてもステラは治療としか言いようがないし、客も自ら事情を明かすことはない。……ずっと隠して、誤解されて、つらかっただろうに」
やめて、慰めないで。
グレンにそんな言葉をかけられたら、せっかく閉じ込めようとしている乙女心が再浮上してしまう。
これから一人で強く生きていくのだから、それでは駄目なのだ。
ステラは小さく深呼吸すると、とびきりの営業スマイルを浮かべた。
「平気です。慣れていますから。もともと、もうすぐ契約は終了でした。呪いの中和は他の魔法使いでもできますし、猫姿から戻るまでの時間も減っているようなので、毎日中和しなくても大丈夫でしょう」
ジェマも中和が効いていると言っていたから、解呪には至らなくてもいいところまでいけるかもしれない。
ステラでは毛艶のいい猫になって終わりかもしれないし、かえって他の人間の方が魔力の相性がいい可能性もある。
ちょうどいい機会だろう。
「今までお世話になりました。助けに来ていただき、ありがとうございます。今度は素敵な方と、幸せな結婚生活をお送りください」
頭を下げて立ち上がろうとすると、ステラの手をグレンが握りしめた。
「駄目だ。――行くな。行かないでくれ。俺との結婚は、まだ続いている」