【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
49 解呪の方法は
「……え? でも、それとこれとは、話が違います」
せっかく心が落ち着いたのに、何故また振り出しに戻すのだ。
ステラは魔女として堂々と薄毛人のハゲ治療に勤しむのだから、万事解決でいいではないか。
「あとは何? 俺のことが嫌?」
「ち、違います」
首を振るステラを見て苦笑すると、ようやく手を開放される。
すると、グレンが無残な姿のネックレスを手に乗せて差し出した。
「これは毎日身に着けていてくれた。他の贈り物はすべて置いていったのに、このネックレスはそのまま身に着けている。……少しは俺に気持ちがあると思っても、いいのかな」
少しどころか、大ありだ。
だから、そばにいられないと思って出てきたのに。
「……男の人は、信用できません」
「どうして?」
「妻が臥せっているのに、他所に愛人を作って。娘が虐げられても、見て見ぬふりをして。お金の力で、親子ほどの年の差でも嫁にして。女だから信用できないと放り出し。役に立たないというくせに、頑張れば生意気だと言って。愛人だ毒婦だと嘲笑うくせに、そうであることを求めてくる。……男の人は、信用できません」
「……うん」
「だから、ずっと負けないように、ひとりでも生きていけるように強くなろう。何でも笑って乗り越えられるようになろうと思って。そうじゃないと……」
そうでなければ、とてもここまで生き抜くことはできなかった。
最初の結婚の時点ですべてを諦めて乙女心を消したからこそ、無用な希望を持つことも、それを打ち砕かれて傷つくことも最小限で済んだのだ。
乙女心を取り戻すって何のことだろうと思っていたのに。
とっくに消え去っていたと思ったのに。
グレンと一緒にいて、段々とそれが心地良くなってしまっていた。
「グレン様とは、あくまでも契約上の関係で、溺愛というのも中和に対するお礼です。グレン様には、もっと淑やかで美しくて上品な貴族の女性が相応しい。いずれ契約を終えれば会うことすらないのだから、勘違いしてはいけません。……だから、愛人と噂されても良かったのです。軽蔑されれば、後腐れなく離れられますから」
うつむいてぎゅっと拳を握り締めると、その上にグレンの手が重ねられる。
顔を上げれば紅玉の瞳と目が合って、ただそれだけで心の奥が温かくなってしまう。
「それなのに、私と師匠が共謀してグレン様を陥れたと疑われるかもしれないと思ったら、悲しくて。本当は直接会って謝罪するべきなのに、勇気が出なくて。……嫌われるのが、怖くて」
「うん」
唇を噛みしめるステラの頭をひと撫でしたかと思うと、グレンはそのまま腕を伸ばす。
気が付けばグレンの腕の中に抱きしめられていて、その温かさに涙がこぼれそうになる。
「俺の名前のグレンというのは、異国の言葉で紅色のハスという花を意味する。猛火の色にも例えられるらしい。それに、俺の瞳の色も赤いだろう?」
そう言うと腕を緩め、手のひらに乗せたネックレスを見つめた。
「ステラの名前は、星という意味だ。星の飾りに赤い石がはめられたこのネックレスを見て、ステラに贈りたいと思った。俺の瞳の色を、ステラのそばに置きたかった。……あの時にはもう、俺の中でステラは特別になっていたんだろうな」
グレンは微笑むと、ネックレスをポケットに入れ、ステラを見つめる。
「また、贈るから。身に着けてくれるか?」
嬉しいけれど、安易にうなずけない。
唇を噛みしめたまま、ステラは紅玉の瞳を見つめる。
「――私、グレン様のこと好きです。でも、そばにいてもいいのでしょうか」
「もちろん。ずっと、俺の隣にいてほしい」
とろけるような優しい笑みに堪えきれず、ついに涙が頬をつたう。
「『ツンドラの女神』と呼ばれる、毛生え薬の魔女でもですか?」
嬉しいのに、混乱して素直に喜べない。
それがわかっているのか、グレンは笑顔のままだ。
「いいよ。……そうだな。俺の頭髪が寂しくなったら、お世話になろうかな」
ハンカチを取り出してステラの涙を拭いながら、グレンが笑う。
「グレン様なら、ツルツルでも、ハゲ散らかっていても、いいです」
「……いや。できれば、それは避けたい」
美貌の伯爵ならばツルツルでも麗しいと思うのだが、やはり薄毛人の仲間入りは避けたいようだ。
「それなら、私の持てるすべての力を使って、フサフサの髪の維持をお約束します」
「頼もしいな」
真剣に訴えたのだが、何故かグレンは楽しそうに笑っている。
つられて笑いそうになり、ふと大事なことに気が付いた。
「どうした?」
「いえ。肝心のグレン様の呪いは、どうしようもないですね。お役に立てなくて、すみません」
もちろん中和は続けるつもりだが、それで解呪に至らないことはわかっている。
数時間とはいえ猫姿になってしまうのは、グレンには困ったものだろう。
ステラとしては至極のモフモフである黒猫シュテルンも悪くないが……これは言わない方がいい気がする。
「いや、そんなことはないよ」
「え?」
確かに黒猫姿になっている時間は短くなったらしいし、毛並みは艶々になった気がするが、どういう意味だろう。
「……もしや、長毛種をご希望ですか? わかりました。腕によりをかけて、モッフモフの毛をもたらして御覧にいれます」
一気に毛を生やすのは毛根に負担なので論外だが、血流を改善しつつ少しずつ発毛と育毛に励めば、恐らく可能だ。
ただ、その場合の人の姿への影響は未知数なので、慎重に試さなければいけないが。
「違うよ。最初に説明しただろう? 魔女に解呪方法は聞いていたが、無理だと諦めていたと」
そうだ。
だからこそ、少しでも呪いを中和するためにステラと契約したのだ。
「解呪の方法は――『心から愛する人を見つけ、その人に愛されること』」
「……え?」
目を瞬かせるステラに、グレンはにこりと微笑む。
「既に俺は心から愛する人を見つけた。あとはステラが俺を愛してくれたら、呪いは解ける。猫姿から戻る時間が短くなったのも、中和そのものというより、俺がステラを愛し始めたからだろうな」
「で、でも。どうしたら」
既にグレンに好きだと伝えたが、これ以上何をすればいいのだろう。
ステラができることと言えば……。
「いや。髪はいいから」
知らぬ間にじっとグレンの黒髪を見つめていると、両手で頬を挟まれ視線を戻された。
そのままステラの手を取ると、グレンは自身の耳に持っていく。
確かにグレンの耳に触れたのに、その姿は黒猫に変わらず、人のままだ。
「……本当に、呪いが解けました」
それはつまり、グレンは心からステラを愛し、ステラもまた同様ということ。
嬉しくて、恥ずかしくて、胸がはちきれそうだ。
これが乙女心の力だとしたら、何と苦しくて幸せな痛みなのだろう。
グレンは懐から取り出した指輪をステラの指にはめると、それに唇を落とす。
「――ステラ、愛している。これからも俺のそばにいてくれ」
そっと頬に触れられ、紅玉の瞳がまっすぐにステラに向けられる。
それだけで、心が満たされていく。
「――はい」
破願してうなずくと、グレンはそっと唇を重ねた。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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首を振るステラを見て苦笑すると、ようやく手を開放される。
すると、グレンが無残な姿のネックレスを手に乗せて差し出した。
「これは毎日身に着けていてくれた。他の贈り物はすべて置いていったのに、このネックレスはそのまま身に着けている。……少しは俺に気持ちがあると思っても、いいのかな」
少しどころか、大ありだ。
だから、そばにいられないと思って出てきたのに。
「……男の人は、信用できません」
「どうして?」
「妻が臥せっているのに、他所に愛人を作って。娘が虐げられても、見て見ぬふりをして。お金の力で、親子ほどの年の差でも嫁にして。女だから信用できないと放り出し。役に立たないというくせに、頑張れば生意気だと言って。愛人だ毒婦だと嘲笑うくせに、そうであることを求めてくる。……男の人は、信用できません」
「……うん」
「だから、ずっと負けないように、ひとりでも生きていけるように強くなろう。何でも笑って乗り越えられるようになろうと思って。そうじゃないと……」
そうでなければ、とてもここまで生き抜くことはできなかった。
最初の結婚の時点ですべてを諦めて乙女心を消したからこそ、無用な希望を持つことも、それを打ち砕かれて傷つくことも最小限で済んだのだ。
乙女心を取り戻すって何のことだろうと思っていたのに。
とっくに消え去っていたと思ったのに。
グレンと一緒にいて、段々とそれが心地良くなってしまっていた。
「グレン様とは、あくまでも契約上の関係で、溺愛というのも中和に対するお礼です。グレン様には、もっと淑やかで美しくて上品な貴族の女性が相応しい。いずれ契約を終えれば会うことすらないのだから、勘違いしてはいけません。……だから、愛人と噂されても良かったのです。軽蔑されれば、後腐れなく離れられますから」
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「それなのに、私と師匠が共謀してグレン様を陥れたと疑われるかもしれないと思ったら、悲しくて。本当は直接会って謝罪するべきなのに、勇気が出なくて。……嫌われるのが、怖くて」
「うん」
唇を噛みしめるステラの頭をひと撫でしたかと思うと、グレンはそのまま腕を伸ばす。
気が付けばグレンの腕の中に抱きしめられていて、その温かさに涙がこぼれそうになる。
「俺の名前のグレンというのは、異国の言葉で紅色のハスという花を意味する。猛火の色にも例えられるらしい。それに、俺の瞳の色も赤いだろう?」
そう言うと腕を緩め、手のひらに乗せたネックレスを見つめた。
「ステラの名前は、星という意味だ。星の飾りに赤い石がはめられたこのネックレスを見て、ステラに贈りたいと思った。俺の瞳の色を、ステラのそばに置きたかった。……あの時にはもう、俺の中でステラは特別になっていたんだろうな」
グレンは微笑むと、ネックレスをポケットに入れ、ステラを見つめる。
「また、贈るから。身に着けてくれるか?」
嬉しいけれど、安易にうなずけない。
唇を噛みしめたまま、ステラは紅玉の瞳を見つめる。
「――私、グレン様のこと好きです。でも、そばにいてもいいのでしょうか」
「もちろん。ずっと、俺の隣にいてほしい」
とろけるような優しい笑みに堪えきれず、ついに涙が頬をつたう。
「『ツンドラの女神』と呼ばれる、毛生え薬の魔女でもですか?」
嬉しいのに、混乱して素直に喜べない。
それがわかっているのか、グレンは笑顔のままだ。
「いいよ。……そうだな。俺の頭髪が寂しくなったら、お世話になろうかな」
ハンカチを取り出してステラの涙を拭いながら、グレンが笑う。
「グレン様なら、ツルツルでも、ハゲ散らかっていても、いいです」
「……いや。できれば、それは避けたい」
美貌の伯爵ならばツルツルでも麗しいと思うのだが、やはり薄毛人の仲間入りは避けたいようだ。
「それなら、私の持てるすべての力を使って、フサフサの髪の維持をお約束します」
「頼もしいな」
真剣に訴えたのだが、何故かグレンは楽しそうに笑っている。
つられて笑いそうになり、ふと大事なことに気が付いた。
「どうした?」
「いえ。肝心のグレン様の呪いは、どうしようもないですね。お役に立てなくて、すみません」
もちろん中和は続けるつもりだが、それで解呪に至らないことはわかっている。
数時間とはいえ猫姿になってしまうのは、グレンには困ったものだろう。
ステラとしては至極のモフモフである黒猫シュテルンも悪くないが……これは言わない方がいい気がする。
「いや、そんなことはないよ」
「え?」
確かに黒猫姿になっている時間は短くなったらしいし、毛並みは艶々になった気がするが、どういう意味だろう。
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一気に毛を生やすのは毛根に負担なので論外だが、血流を改善しつつ少しずつ発毛と育毛に励めば、恐らく可能だ。
ただ、その場合の人の姿への影響は未知数なので、慎重に試さなければいけないが。
「違うよ。最初に説明しただろう? 魔女に解呪方法は聞いていたが、無理だと諦めていたと」
そうだ。
だからこそ、少しでも呪いを中和するためにステラと契約したのだ。
「解呪の方法は――『心から愛する人を見つけ、その人に愛されること』」
「……え?」
目を瞬かせるステラに、グレンはにこりと微笑む。
「既に俺は心から愛する人を見つけた。あとはステラが俺を愛してくれたら、呪いは解ける。猫姿から戻る時間が短くなったのも、中和そのものというより、俺がステラを愛し始めたからだろうな」
「で、でも。どうしたら」
既にグレンに好きだと伝えたが、これ以上何をすればいいのだろう。
ステラができることと言えば……。
「いや。髪はいいから」
知らぬ間にじっとグレンの黒髪を見つめていると、両手で頬を挟まれ視線を戻された。
そのままステラの手を取ると、グレンは自身の耳に持っていく。
確かにグレンの耳に触れたのに、その姿は黒猫に変わらず、人のままだ。
「……本当に、呪いが解けました」
それはつまり、グレンは心からステラを愛し、ステラもまた同様ということ。
嬉しくて、恥ずかしくて、胸がはちきれそうだ。
これが乙女心の力だとしたら、何と苦しくて幸せな痛みなのだろう。
グレンは懐から取り出した指輪をステラの指にはめると、それに唇を落とす。
「――ステラ、愛している。これからも俺のそばにいてくれ」
そっと頬に触れられ、紅玉の瞳がまっすぐにステラに向けられる。
それだけで、心が満たされていく。
「――はい」
破願してうなずくと、グレンはそっと唇を重ねた。
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