北風は西から吹く
「いってらっしゃいです」
「ウイ」
今日も今日とて外出する西を送り出し、真亜子はホワイトボードの西の帰社時間を確認した。
(ノーリターン、お忙しいことですね。)
と、西のデスクに置きっぱなしの缶コーヒーをゴミ箱に入れる。
事務所のドアが小さくノックされて、ゆっくりと開いた。
反射で「はい!こんにちは!」と挨拶する真亜子と相田の声がかぶさる。
細身でサングラスをおでこにずり上げた男性が「失礼します。」と入ってきた。
黒シャツに黒パンツ、ダークブラウンの革靴。
手には封筒を持っている。
物理的に扉の近くにいた真亜子が応対に出た。
「はい、ご相談ですか?」
「郵便物が間違って入ってたので……。」
と、封筒を差し出され「あ、ほんとだ。ご丁寧にありがとうございます。」と相手の顔を見上げた。
目が合うと相手はさほど表情を変えずに「7階の虹イストです。」とこちらの質問を見透かしたようだった。
「7階に新しくいらっしゃった…お会いできて光栄です。」
そのセリフが聞こえていた相田は非常に上手に興奮を押し消して、会話に混ざりこんだ。
立ち位置は早速真亜子を押しのけている。
「7階のオーナーさんですか?私、相田と申します。」
「すみません、名刺を持参していなくて。」
相田は自分の名刺を差し出して、相手の名刺もあわよくば貰おうと思った目算が外れている。
真亜子は応対係を相田と変わり、自分は自席へと移動した。
少しの間相田と社交辞令を交わし、虹イストは帰って行く。
帰り際に「ありがとうございました。」とだけ、真亜子は再び頭を下げた。
大猫かぶりの相田は真亜子にとびかかる勢いである。
「夕陽さんですって、名前!素敵すぎませんかぁー!!」
「それって名字?それとも下の名前?」
「そんなんどっちでもいいじゃないですか!名前が素敵!雰囲気も素敵だったーー!!」
「……そーかな。」
一緒に乗ってくれない真亜子に相田は今度は突っかかる。
「もうほんとつまんない、喜多さん。」
(つまんない、と、言われても。)と心の中で溜息を一つ、真亜子だってほんとはもっと楽しみたいのだ。
でも、自分の周りのテンションが上がれば上がるほど、自分は冷静になっていく。
反論も諦めた時電話が鳴った。
「喜多ぁ。」
真亜子が社名を名乗る前に落ち込んだ声が聞こえて来る。
「西さん?」
「忘れ物したぁ。領収書ー。」
真亜子はその言葉を聞き、西のデスクを見ると確かに、パソコンの上に先方に渡すための領収書がペラリと置かれてある。
たった一枚の紙が(なんか自分忘れられちゃったみたいですいません)とばかりに真亜子を見ているようにも思えた。
「車で戻るからさ、ビルの下まで持ってきてくれない?」
「いえ、大通りまで出ます。」
真亜子が返事をすると「助かる。」と西が少し安堵した雰囲気を出して、電話を切った。
「ウイ」
今日も今日とて外出する西を送り出し、真亜子はホワイトボードの西の帰社時間を確認した。
(ノーリターン、お忙しいことですね。)
と、西のデスクに置きっぱなしの缶コーヒーをゴミ箱に入れる。
事務所のドアが小さくノックされて、ゆっくりと開いた。
反射で「はい!こんにちは!」と挨拶する真亜子と相田の声がかぶさる。
細身でサングラスをおでこにずり上げた男性が「失礼します。」と入ってきた。
黒シャツに黒パンツ、ダークブラウンの革靴。
手には封筒を持っている。
物理的に扉の近くにいた真亜子が応対に出た。
「はい、ご相談ですか?」
「郵便物が間違って入ってたので……。」
と、封筒を差し出され「あ、ほんとだ。ご丁寧にありがとうございます。」と相手の顔を見上げた。
目が合うと相手はさほど表情を変えずに「7階の虹イストです。」とこちらの質問を見透かしたようだった。
「7階に新しくいらっしゃった…お会いできて光栄です。」
そのセリフが聞こえていた相田は非常に上手に興奮を押し消して、会話に混ざりこんだ。
立ち位置は早速真亜子を押しのけている。
「7階のオーナーさんですか?私、相田と申します。」
「すみません、名刺を持参していなくて。」
相田は自分の名刺を差し出して、相手の名刺もあわよくば貰おうと思った目算が外れている。
真亜子は応対係を相田と変わり、自分は自席へと移動した。
少しの間相田と社交辞令を交わし、虹イストは帰って行く。
帰り際に「ありがとうございました。」とだけ、真亜子は再び頭を下げた。
大猫かぶりの相田は真亜子にとびかかる勢いである。
「夕陽さんですって、名前!素敵すぎませんかぁー!!」
「それって名字?それとも下の名前?」
「そんなんどっちでもいいじゃないですか!名前が素敵!雰囲気も素敵だったーー!!」
「……そーかな。」
一緒に乗ってくれない真亜子に相田は今度は突っかかる。
「もうほんとつまんない、喜多さん。」
(つまんない、と、言われても。)と心の中で溜息を一つ、真亜子だってほんとはもっと楽しみたいのだ。
でも、自分の周りのテンションが上がれば上がるほど、自分は冷静になっていく。
反論も諦めた時電話が鳴った。
「喜多ぁ。」
真亜子が社名を名乗る前に落ち込んだ声が聞こえて来る。
「西さん?」
「忘れ物したぁ。領収書ー。」
真亜子はその言葉を聞き、西のデスクを見ると確かに、パソコンの上に先方に渡すための領収書がペラリと置かれてある。
たった一枚の紙が(なんか自分忘れられちゃったみたいですいません)とばかりに真亜子を見ているようにも思えた。
「車で戻るからさ、ビルの下まで持ってきてくれない?」
「いえ、大通りまで出ます。」
真亜子が返事をすると「助かる。」と西が少し安堵した雰囲気を出して、電話を切った。