松川バーグ
朝。
カウンター席が5席、4人掛けテーブルが
3台の『喫茶マツカワ』。
マスターの松川真人(マツカワ マサト)がカウ
ンターの中で開店準備をしている。
店の入り口から段ボールを抱えた佐藤守
(サトウ マモル)が入ってくる。
佐 藤「毎度~」
松 川「ああ、佐藤さん。おはようございます」
松川は手を止めてカウンターの中から出
てくる。
佐 藤「おはようございます。持ってきました
よ。ご注文の品」
佐藤は迷うことなく入り口に近いテーブ
ルの上に段ボールを置き、蓋をめくる。
松川は段ボールの中を指さし確認する。
松 川「はい、確かに。いつもすみませんね。ハ
ンバーグの方まで頼んじゃって。今、コ
ーヒー淹れますね」
松川は小走りでカウンターの中に戻りコ
ーヒーを淹れる。
佐 藤「何言ってるんですか。2日に1回ここに配
達に来て、美味しいコーヒーをサービス
してもらえる。この時間が唯一の俺の憩
いの時間なんですから」
佐藤は段ボールを置いたテーブルの席の
椅子に座り、段ボールの中から黒い液体
の入ったボトルを1本取り出す。
佐 藤「地元の学校給食ぐらいにしか納品先がな
いソース会社を長男も次男も継がないっ
て言うんで仕方なく三男の俺が継ぐこと
になってしまって、とりあえず、このソ
ース片手に片っ端から営業掛けさせても
らった結果、一番最初にマスターが『よ
し、それじゃあ、そのソースで煮込みハ
ンバーグを作ってみるから置いて行って
くれ』って、言ってくれたんじゃないで
すか。嬉しかったなぁ」
松川は淹れたコーヒーをトレーに乗せて
佐藤の所に運んで来る。
松 川「どうぞ」
佐 藤「ありがとうございます」
佐藤はカップを持ち上げるとまず香りを
嗅ぐ。
佐 藤「う~ん。いい香り。これですよ、これこ
れ。喫茶店に配達に来る醍醐味。戴きま
す」
佐藤は軽く頭を下げてからコーヒーを口
にする。
松 川「佐藤さん」
佐 藤「はい?」
松 川「今の話、ちょっと記憶がすり替わってま
せんか?」
佐 藤「・・・ん?」
佐藤はとぼけた顔で松川を見上げる。
松 川「そりゃあ、最終的にはそういう事になり
ましたけどね」
松川はカウンターにトレーを置いて、店
の奥から幟を持って来る。
松 川「これですよ、これ」
松川は幟の文字がはっきり見えるように
広げて文字を読む。
松 川「当店オリジナル、手作り煮込みハンバー
グ」
佐 藤「おっ、大分日に焼けて色褪せてきました
ね」
松 川「ええ。佐藤さんに頂いてから半年、毎日
掲げてますからね・・・って、そこじゃ
ないんですよ」
佐 藤「そこじゃないって?」
松 川「もう一度読みますよ」
佐 藤「どうぞ」
松川はひとつ咳払いをして喉を整え、佐
藤は幟の方に態勢を向けて座り直し背筋
を伸ばす。
松 川「当店オリジナル、手作り煮込みハンバー
グ」
佐 藤「・・・」
松 川「・・・」
しばしの沈黙の後、佐藤はテーブルの上
に置いてあるメニュー表を手に取る。
佐 藤「ここにも一番大きな字で書いてあります
もんね。『大人気!当店オリジナル、手
作り煮込みハンバーグ、税込み550円』
って」
松川は幟をカウンターの方に立て掛ける
と佐藤の隣に座りグッと佐藤に身を寄せ
る。
松 川「そうなんですよ。大人気なんですよ」
佐藤は松川から距離を取るように身を引
く。
佐 藤「いいじゃないですか、大人気なら」
松 川「そんな。無責任な事言わないで下さい
よ」
佐 藤「無責任?」
松 川「そうですよ。半年前、僕が『煮込みハン
バーグを作ってみるから置いて行ってく
れ』って言ったんじゃなくて、佐藤さん
が『ハンバーグは自分が調達してきます
からとにかくこのソースで煮込んでみて
ください』って、言ったんですよ。覚え
てますか」
佐 藤「あああ~、そんなような事言ったような
気もしますね」
松 川「『気もしますね』じゃなくて、そう言っ
たんですよ」
松川は段ボールの中からハンバーグが詰
まったビニール袋を取り出し佐藤に見せ
る。
松 川「だからこうして、ハンバーグも一緒に持
って来て貰ってるんですから」
佐 藤「はいはい、そうでした、そうでした。ち
ゃんと覚えてますよ」
佐藤はメニュー表を置いて再びコーヒー
を啜る。
松 川「それで『オリジナル手作りハンバーグ』
ってした方が客の食いつきが違うからそ
うした方がいいって言って、あの幟も持
って来て下さって」
佐 藤「はいはい、確かにその通りです」
松 川「ですよね」
松川はハンバーグの袋を段ボールに戻
し、勝ち誇ったように頷きながら腕を
組む。
カウンター席が5席、4人掛けテーブルが
3台の『喫茶マツカワ』。
マスターの松川真人(マツカワ マサト)がカウ
ンターの中で開店準備をしている。
店の入り口から段ボールを抱えた佐藤守
(サトウ マモル)が入ってくる。
佐 藤「毎度~」
松 川「ああ、佐藤さん。おはようございます」
松川は手を止めてカウンターの中から出
てくる。
佐 藤「おはようございます。持ってきました
よ。ご注文の品」
佐藤は迷うことなく入り口に近いテーブ
ルの上に段ボールを置き、蓋をめくる。
松川は段ボールの中を指さし確認する。
松 川「はい、確かに。いつもすみませんね。ハ
ンバーグの方まで頼んじゃって。今、コ
ーヒー淹れますね」
松川は小走りでカウンターの中に戻りコ
ーヒーを淹れる。
佐 藤「何言ってるんですか。2日に1回ここに配
達に来て、美味しいコーヒーをサービス
してもらえる。この時間が唯一の俺の憩
いの時間なんですから」
佐藤は段ボールを置いたテーブルの席の
椅子に座り、段ボールの中から黒い液体
の入ったボトルを1本取り出す。
佐 藤「地元の学校給食ぐらいにしか納品先がな
いソース会社を長男も次男も継がないっ
て言うんで仕方なく三男の俺が継ぐこと
になってしまって、とりあえず、このソ
ース片手に片っ端から営業掛けさせても
らった結果、一番最初にマスターが『よ
し、それじゃあ、そのソースで煮込みハ
ンバーグを作ってみるから置いて行って
くれ』って、言ってくれたんじゃないで
すか。嬉しかったなぁ」
松川は淹れたコーヒーをトレーに乗せて
佐藤の所に運んで来る。
松 川「どうぞ」
佐 藤「ありがとうございます」
佐藤はカップを持ち上げるとまず香りを
嗅ぐ。
佐 藤「う~ん。いい香り。これですよ、これこ
れ。喫茶店に配達に来る醍醐味。戴きま
す」
佐藤は軽く頭を下げてからコーヒーを口
にする。
松 川「佐藤さん」
佐 藤「はい?」
松 川「今の話、ちょっと記憶がすり替わってま
せんか?」
佐 藤「・・・ん?」
佐藤はとぼけた顔で松川を見上げる。
松 川「そりゃあ、最終的にはそういう事になり
ましたけどね」
松川はカウンターにトレーを置いて、店
の奥から幟を持って来る。
松 川「これですよ、これ」
松川は幟の文字がはっきり見えるように
広げて文字を読む。
松 川「当店オリジナル、手作り煮込みハンバー
グ」
佐 藤「おっ、大分日に焼けて色褪せてきました
ね」
松 川「ええ。佐藤さんに頂いてから半年、毎日
掲げてますからね・・・って、そこじゃ
ないんですよ」
佐 藤「そこじゃないって?」
松 川「もう一度読みますよ」
佐 藤「どうぞ」
松川はひとつ咳払いをして喉を整え、佐
藤は幟の方に態勢を向けて座り直し背筋
を伸ばす。
松 川「当店オリジナル、手作り煮込みハンバー
グ」
佐 藤「・・・」
松 川「・・・」
しばしの沈黙の後、佐藤はテーブルの上
に置いてあるメニュー表を手に取る。
佐 藤「ここにも一番大きな字で書いてあります
もんね。『大人気!当店オリジナル、手
作り煮込みハンバーグ、税込み550円』
って」
松川は幟をカウンターの方に立て掛ける
と佐藤の隣に座りグッと佐藤に身を寄せ
る。
松 川「そうなんですよ。大人気なんですよ」
佐藤は松川から距離を取るように身を引
く。
佐 藤「いいじゃないですか、大人気なら」
松 川「そんな。無責任な事言わないで下さい
よ」
佐 藤「無責任?」
松 川「そうですよ。半年前、僕が『煮込みハン
バーグを作ってみるから置いて行ってく
れ』って言ったんじゃなくて、佐藤さん
が『ハンバーグは自分が調達してきます
からとにかくこのソースで煮込んでみて
ください』って、言ったんですよ。覚え
てますか」
佐 藤「あああ~、そんなような事言ったような
気もしますね」
松 川「『気もしますね』じゃなくて、そう言っ
たんですよ」
松川は段ボールの中からハンバーグが詰
まったビニール袋を取り出し佐藤に見せ
る。
松 川「だからこうして、ハンバーグも一緒に持
って来て貰ってるんですから」
佐 藤「はいはい、そうでした、そうでした。ち
ゃんと覚えてますよ」
佐藤はメニュー表を置いて再びコーヒー
を啜る。
松 川「それで『オリジナル手作りハンバーグ』
ってした方が客の食いつきが違うからそ
うした方がいいって言って、あの幟も持
って来て下さって」
佐 藤「はいはい、確かにその通りです」
松 川「ですよね」
松川はハンバーグの袋を段ボールに戻
し、勝ち誇ったように頷きながら腕を
組む。