松川バーグ
石 田「さっきキミが食べる前に初めて『松川バ
    ーグ』を食されて、キミの言ってた肉の
    うんちくと全く同じことをおっしゃって
    いましたが、ソースについては懐かしい
    味などとは一言もおっしゃいませんでし
    た」
松 川「(小声で)そりゃそうでしょ。自分とこ
    のソースなんだから」
石 田「もし本当に同じ学校の給食の味なら、コ
    ーヒーの味を見分ける繊細な舌を持つコ
    ーヒーメーカーさんが分からないはずが
    ない」
三栗屋「メーカーさんは言わなかっただけかもし
    れないじゃないですか」
井 上「そうですよ」
    佐藤と松川はそっとカウンターの方に後
    退り、小声で話し合う。
佐 藤「あのユーチューバー、間違いなくソース
    の味を感じ取ってますよ」
松 川「どうしましょう」
佐 藤「このまま作家先生が言い負かしてくれる
    のを祈るしかないですかね」
松 川「石田さん頼みかぁ」
佐 藤「じゃないと、100万人が見てるYouTube
    にアップされたらドッと人が押し寄せ
    て、中には三栗屋くんみたいにソースの
    味に気づく人もいたりして。そしたら結
    局手作りじゃないってことが大々的にバ
    レちゃって。そうなってくると良心の呵
    責とか罪悪感とか言ってる間もなく、大
    ウソつきの店だって事になって、潰れる
    かもしれませんよ、この店」
松 川「ええええーっ!そんなぁ。あ!じゃあ、
    こうしましょう!」
佐 藤「どうしましょう?」
松 川「僕オリジナルって言っちゃってましたけ
    ど、実は佐藤さんと共同開発したオリジ
    ナルソースだったってことで、何となく
    言い逃れましょうっ」
佐 藤「いやいやいや。それは無理」
松 川「どうして?」
佐 藤「どうしてって・・・」
    目を泳がせた佐藤の目に石田が入る。
佐 藤「ほら、今、俺、コーヒーメーカーの人だ
    って事になってるし」
松 川「あー、そうでした~」
    松川は天を仰ぐ。
佐 藤「とにかくここは先生に任せて、策を練り
    ましょう」
    佐藤は松川を促して店の奥へと移動す
    る。
    2人がいなくなると入れ違いで店のドア
    が開き遠藤三郎(エンドウ サブロウ)が入っ
    て来る。
    遠藤は入った瞬間からソースの匂いに気
    づいてドアの前で立ち止る。
    石田と三栗屋の言い争いを見守っていた
    井上が遠藤に気づいて歩み寄り声を掛け
    る。
井 上「今、取り込み中ですから、出直された方
    がいいかもしれませんよ」
遠 藤「取り込み中?」
    遠藤は店の中の様子を伺うように見る。
井 上「誰かお探しですか?マスター呼んで来ま
    しょうか?」
遠 藤「ああ、すみませんね」
    井上は奥へ行く。
    遠藤は再び店に漂う匂いを嗅いで呟く。
遠 藤「このソースの匂い。ここで間違いないん
    だけどな」
    遠藤の言葉に石田と三栗屋が反応して、
    三栗屋が遠藤に近寄る。
三栗屋「このソースの匂い、知ってるんですか
    っ」
    遠藤は三栗屋の勢いに押されて後退りド
    アに背中を付ける。
遠 藤「ええ、まあ」
三栗屋「何小ですか?」
遠 藤「ナニショウ?」
三栗屋「出身小学校ですよ!」
遠 藤「ああ、小学校」
三栗屋「何小ですか?」
遠 藤「え?初対面でそんな事聞く?」
三栗屋「今、そういうのいいんですっ。何小なん
    ですかっ」
遠 藤「東京第4小だけど」
三栗屋「ほらっ!!」
遠 藤「わぁ!びっくりしたぁ」
    三栗屋の大きな声にびっくりしている遠
    藤をそのままにして、三栗屋は急いで石
    田の方に駆け寄る。
三栗屋「俺の勝ちですね」
石 田「はぁ?勝ち負けとか言ってねーだろ。バ
    カ舌だって言ってんの」
三栗屋「じゃあの人もバカ舌、いやバカ鼻だって
    言うんですか」
遠 藤「バカ鼻?」
石 田「そーなんじゃねーのか」
    小走りで井上が戻って来る。
井 上「マスターなんか来たく無さそうでしたけ
    ど、とりあえず来るそうです」
    松川が重い足取りでブツブツ独り言を言
    いながら現れる。
松 川「まだ策が練れてないんだけどなぁ・・」
    松川は遠藤を見つけると笑顔を作り歩み
    寄る。
松 川「お待たせしてすみません。ちょっと色々
    と取り込んでるんで、カウンターの席へ
    どうぞ」
遠 藤「あ、いえ、客ではないんです」
松 川「今日はお客じゃないって言う人が多い
    な」
    その時、奥から腕組みをし、難しい顔で
    首をひねりながら戻ってきた佐藤を遠藤
    が見つける。
遠 藤「おおっ!やっぱりここにいた」
    遠藤の声を聞いて遠藤に気づいた佐藤は
    遠藤の顔を見てピタッと立ち止る。
佐 藤「っ!!!!!」
    佐藤はバッと後ろを向く。
井 上「ああ、お探しの方はコーヒーメーカーの
    人でしたか」
遠 藤「コーヒーメーカー?」
    佐藤は意を決したように遠藤に走り寄
    り、遠藤の腕を掴んで店から出ようとす
    る。
佐 藤「とりあえず出よう」
    遠藤は佐藤の手を振り払う。
遠 藤「嫌だよ。お前だけ仕事サボって寛いじゃ
    ってさ。俺のせいでお前がいつも喫茶店
    でサボってて今日は全然帰って来ないか
    ら探しに行けってお前のカミさんに言わ
    れて探しに来たんだよ。だから、お前は
    すぐ帰れよ。俺は折角なんでコーヒー飲
    んで帰ることにするから。マスター、す
    みません。やっぱりコーヒー下さい」
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