松川バーグ
    それを見て佐藤も同じように腕を組みな
    がら松川を見る。
佐 藤「それで売れなかったら無責任って言われ
    てもわかりますけどね。ちゃんと大人気
    メニューになったのに、なんで無責任だ
    なんて言われなきゃいけないんですか
    ね」
    松川は腕組みを解き、再びグッと佐藤の
    方に身を乗り出す。
松 川「この煮込みハンバーグが人気が出れば出
    る程、良心の呵責に苛まれるんですよ。
    どうしてくれるんですか。責任取って下
    さいよ」
佐 藤「いや、そんなこと言われても・・・」
松 川「佐藤さんは、何ともないんですか?」
佐 藤「・・・何とも」
    佐藤は首を横に振る。
松 川「嘘でしょ?」
    松川は思わず身を引く。
佐 藤「いや、ホントに」
    真顔で飄々と答える佐藤。
松 川「ホントに?」
佐 藤「ホントに」
    大きく頷く佐藤。
松 川「ホントに?」
佐 藤「何回聞くんですかっ。何回聞かれても別
    に良心の呵責になんか苛まれません」
    松川は立ち上がり、スススッと後退りし
    てカウンターの方に背中を寄せて上目遣
    いに佐藤を見る。
松 川「佐藤さんがそんな人だなんて、思っても
    みませんでしたよ」
佐 藤「はぁ?」
松 川「潰れかけのソース屋を」
佐 藤「(小声で)潰れかけなんて言いましたっ
    け?」
松 川「嫌々継いだにも関わらず、学校給食以外
    何とか販路を拡大させたいという佐藤さ
    んの人情と情熱に心動かされてソースの
    購入を決めたというのにこの仕打ち」
佐 藤「仕打ちって、大袈裟な」
松 川「今までタマゴサンドしか食べてなかった
    常連客が言うんですよ。『こんなに美味
    しいハンバーグが作れるのに何で今まで
    隠していたんだ』って」
佐 藤「それは『いいソースが手に入るようにな
    ったんで作れるようになった』って言っ
    たらいいじゃないですか」
松 川「そんな事言えるわけないじゃないです
    か」
佐 藤「どうして?」
松 川「ど、どうしてって・・・」
    松川が再び佐藤の隣の席に座り、メニュ
    ー表を見つめる。
松 川「『当店オリジナル手作り煮込みハンバー
    グ』って謳ってるんですよっ」
佐 藤「そうですよね」
松 川「だから、小うるさい常連客に美味しい美
    味しいって言われる度に」
佐 藤「言われる度に?」
松 川「(小声で)もちろんソースを作るところ
    から手作りですよって」
佐 藤「え?」
    聞き返す佐藤。松川はもう一度小声で早
    口で言う。
松 川「(小声で)ソースを作るところから手作
    りですよって」
佐 藤「え?聞こえないですけど?」
    佐藤は聞こえてはいたが敢えて松川の方
    に耳を寄せて聞き返す。
松 川「ソースを作るところから手作りですよっ
    て言っちゃてるんですよっ!」
    大きな声で答えて頭を抱える松川。
佐 藤「あ~あ」
    佐藤は松川を蔑むような目で見て両手で
    松川を指差す。
    松川はガバッと頭を上げる。
松 川「しかもっ、肉も独自のルートで手に入れ
    ていて、レシピは門外不出なんですって
    言っちゃってるんですよっ」
佐 藤「あ~あ。そんな事まで言っちゃってるん
    ですか。そりゃ、良心の呵責に苛まれる
    わ」
    松川は座ったまま椅子を持ち上げ佐藤の
    方に縋りつくように寄り添う。
松 川「だって、だってですよっ。佐藤さんが
    『オリジナル手作りハンバーグ』にした
    方がいいって言うからぁ」
佐 藤「え?俺のせいですか?」
松 川「9割方」
佐 藤「9~割もっ!」
松 川「ええ、ええそうです、そうですよ。だか
    ら一緒に考えてください」
佐 藤「何を?」
松 川「小うるさい常連客にバレない様にそっと
    オリジナル感を無くして、嘘ついてる罪
    悪感から解放される方法をです」
佐 藤「小うるさい常連客ね」
松 川「いるんですよ~。それまではタマゴサン
    ド1つで朝から1日中いたんですけどね。
    今は煮込みハンバーグを気に入っちゃっ
    て、朝と昼と2回頼んでくれるのはいい
    んですが、朝から注文するもんだから店
    の中が朝からずーっとソースの匂いにな
    っちゃって。コーヒーの香りを楽しめて
    るのは今や開店前に味わってもらってる
    佐藤さんぐらいですよ」
佐 藤「なるほど。じゃこれは貴重なコーヒーな
    んですね。冷めないうちに飲もう」
    佐藤はコーヒーを一口飲むと、テーブル
    の上のメニュー表を両手で持つ。
佐 藤「まず、このメニュー表の『当店オリジナ
    ル、手作り』っていうフレーズをもう除
    けたらどうですか?」
松 川「ああ、そうですよね。盲点でした」
佐 藤「いや、基本的な事でしょ。それで、あの
    色褪せた幟も、もう出さない」
松 川「そうですよね、そうですよね。いや~、
    目から鱗です」
    松川は急いで幟を店の奥に戻しに行く。
佐 藤「あの人、ホントに悩んでたのかな」
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