松川バーグ
佐 藤「はぁ・・・。じゃあ、頂いてみましょう
    かね」
    佐藤は力なく呟いて、何気に隣の石田の
    方を見ると、石田はノートパソコンをカ
    チャカチャと打っている。
佐 藤「ここでお仕事されてるんですか?」
    石田が答える前にカウンターの中でハン
    バーグの準備を始めた松川が反応してハ
    ッと顔を上げる。
松 川「あっ、聞いちゃった」
佐 藤「え?」
    松川の声に佐藤が振り向いたが目を合わ
    せない松川。
    佐藤が石田の方に向き直った時には真横
    に石田が立ってる。
佐 藤「うわっ」
石 田「この本、知ってる?」
    石田は1冊のハードカバーの単行本をニ
    ヒルな顔で右手に掲げて佐藤に見せる。
    佐藤は近寄っていた石田から一瞬身を離
    したが本のタイトルを見るために身を乗
    り出して本を見上げる。
佐 藤「えーっと」
石 田「あー。読んでないんですねー」
    佐藤がタイトルを確認する前に石田は本
    を持っている右手を下げ、佐藤は釣られ
    て首をガクッと落とす。
佐 藤「すみません。あんまり本は読まないん
    で」
    石田は本を佐藤の前に置く。
    佐藤は本の表紙を指差しながら読む。
佐 藤「『これがサンセイ』?」
石 田「『三成』だろっ!石田三成をルパン三世
    みたいに言うなよっ」
佐 藤「あ~、石田三成ってことは、歴史小説で
    すか」
石 田「そう」
    石田が腕組みをして大きく頷く。
佐 藤「『作・石田一』・・・あっ!石田って」
    佐藤は指を指して石田を見上げる。
石 田「そうそう」
    石田は目を閉じて何度も小さく頷く。
佐 藤「同じ石田ですね」
    佐藤の言葉にバッと目を開けて石田は声
    を荒げる。
石 田「本人だよっ!」
佐 藤「え?」
    佐藤は本を手に取り、最後の方を捲り作
    者の顔写真と石田を見比べる。
佐 藤「本当だ」
石 田「もう返して」
    石田はやや不機嫌になりながら佐藤から
    本を取り上げて元の席に座り、本をカバ
    ンにしまって、再びパソコンを打ち始め
    る。
佐 藤「すみません。本当、本読まないんで」
石 田「最近はYouTubeだ、ネットだ、配信だっ
    て、紙の本を読む人が少なくなってるの
    は確かだけどな」
佐 藤「そうですよね。YouTube見てる方が楽し
    いですもんね」
石 田「はぁ?」
佐 藤「あ~いやいや。本も電子書籍の時代にな
    りましたよねー、なんて」
石 田「その通りなんだよ。僕がここで10年前
    に10万部売れた『これが三成』を書い
    た頃は原稿用紙に書いてたんでけど」
佐 藤「え?ここで書かれたんですか?」
石 田「そうだよ」
佐 藤「そうなんだぁ」
石 田「・・・」
    石田は手を止めて佐藤を見る。
佐 藤「・・・ん?」
石 田「・・・今、もう一か所食いつくべきとこ
    ろ、あったよね?」
佐 藤「へ?・・・あ~、10年前には原稿用紙
    に書いてた!」
石 田「そこじゃない」
佐 藤「・・・YouTube・・・?」
石 田「戻り過ぎ」
佐 藤「・・・あの、もう1回お願いします」
石 田「・・・。ここで10年前に10万部売れ
    た・・・」
    佐藤は大袈裟な声でいしっだの言葉を遮
    る。
佐 藤「10万部も売れたんですかっ!!」
    石田は満足そうに微笑む。
石 田「ま、大した事じゃないけど」
    石田はパソコンを打ち始める。
佐 藤「いや~、大した事ですよ。よっ!大作家
    先生!そのうち大河ドラマの原作なんか
    書いちゃうんじゃないですか」
石 田「まぁ、そのうち、そのうちな」
佐 藤「あ、今は何書いてるんですか?」
    佐藤は立ち上がって石田のパソコンを覗
    き込む。
佐 藤「あれ?まだ2行しか書いてないんです
    ね」
石 田「編集者がパソコンで書けって言うから書
    いてんだけど、原稿用紙じゃないと調子
    でないんだよ」
    佐藤は席に戻って座る。
佐 藤「へー。そんなもんなんですね」
石 田「おっ、いい匂いがしてきた」
    石田はカウンターの方を振り返る。
佐 藤「本当だ、コーヒーの香りもう全然しな
    い」
    松川がトレーに煮込みハンバーグの器を
    2つ乗せて来て石田と佐藤の前にそれぞ
    れ置く。
松 川「どうぞ。お待たせいたしました」
石 田「これこれ。いただきます」
松 川「佐藤さんもどうぞ」
佐 藤「じゃ、遠慮なく。折角なんでいただきま
    す」
    佐藤は松川にちょっと頭を下げてからハ
    ンバーグを一口口に運ぶ。
石 田「どうよ?」
佐 藤「・・・」
松 川「どうですか?」
佐 藤「・・・う、美味いっ」
石 田「だろー。美味いんだよ」
    佐藤は石田の上を行くテンションで大き
    な声を出す。
佐 藤「美味いっ、美味いっ。美味いっ!嘘でし
    ょ?ハンバーグたった数分煮込んだだけ
    でこんなに美味しくなりますか?」
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