松川バーグ
松 川「いえ、煮込むのは前の晩にじっくり煮込
    んでおいて、お出しする時は温めるだけ
    なんですよ」
佐 藤「あ~、なるほど。それでいろんな肉の部
    位を混ぜてミンチにした脂身がソースに
    移って旨味を増幅し、また長時間煮込む
    ことで肉も柔らかくなって。最高だなぁ
    この肉。小声で)俺もやろうかな」
石 田「ちょい、ちょい、キミ」
佐 藤「え?あ、はい」
石 田「やたらうんちく語るけど、本当はシェフ
    なんじゃないの?」
佐 藤「違いますっ、違いますっ、違います。何
    言ってるんですか。えっと~、そう、コ
    ーヒーメーカーの人間だって言ったじゃ
    ないですか。もうやだなぁ」
石 田「ホントかなぁ」
佐 藤「本当ですって。これは松川さんが夜通し
    煮込んで手作りしてる松川さんのオリジ
    ナルのハンバーグ。言わば『松川バー
    グ』なんですよっ。ねぇ松川さんっ」
    立っている松川の方を縋る目で見る佐藤
    だが、松川はワナワナと震えだしてい
    る。
石 田「いいねー!『松川バーグ』。ネーミング
    センスあるよ」
佐 藤「ありがとうございます」
    佐藤は松川から目を逸らし石田に向き直
    る。
石 田「いや、いいよ。『松川バーグ』。気に入
    ったなぁ。次から注文する時は『松川バ
    ーグ』1つって言うようにしよう。いい
    よね、マスター」
松 川「・・・」
石 田「ちょっとトイレ行って来よ」
    石田が一人で捲し立てると立ち上がって
    店の奥のトイレへ行く。
    石田がトイレに入るのを見届けると松川
    は慌てふためいて佐藤の横に座る。
松 川「ちょっと佐藤さんっ!何してくれちゃっ
    てるんですかっ」
佐 藤「へ?」
松 川「オリジナル感を無くす相談したのに、強
    めちゃてるじゃないですか」
佐 藤「あ~~~、そうでしたっ」
松 川「しかも『松川バーグ』だなんて名前まで
    つけちゃって」
佐 藤「いやぁ作家さんに褒められるなんて、我
    ながら上手いことつけましたよね」
松 川「だから、そういう問題じゃないんです
    よ」
佐 藤「そうでした。じゃ、俺はこの隙に帰ろっ
    かな」
    佐藤は店の奥を気にしつつ立ち上がる。
    遅れて松川も立ち上がる。
松 川「何言ってるんですか。まだ帰らないで下
    さいよ」
佐 藤「いやいや、これ以上いても話がややこし
    くなるばっかりですよ」
    松川と佐藤がごちゃごちゃ言い合ってい
    ると、入り口のドアが開き、スーツ姿の
    井上博(イノウエ ヒロシ)が入ってくる。
    井上は入り口で止まって店の中を伺うよ
    うに見渡す。
井 上「・・・」
    松川と佐藤は話を止めて井上を見る。
井 上「・・・あの」
松 川「いらっしゃいませ」
    松川は背筋を伸ばしていい声を出す。
井 上「もう、開店してるんですよね?この店」
松 川「ええ、もちろん。どうぞ、どうぞ」
佐 藤「あ、この席空きますから、どうぞ」
    佐藤はさっきまで座っていた椅子を引い
    て井上に座るように促す。
井 上「あ、いえ、僕は・・・」
    石田が戻って来る。
石 田「ん?集まって何やってんの?」
佐 藤「(小声で)あ~、もう戻って来ちゃっ
    た」
    石田は井上を見ると腕組みをする。
石 田「おや、また見ない顔だね。ん?メーカー
    さん、何立ち上がってんの。まだ食べ終
    わってないじゃん」
佐 藤「すみません」
    佐藤は座り直す。
石 田「キミはこっちに座って」
    石田は井上に奥のテーブルに座るように
    指差して指導する。
井 上「・・・」
    井上は言われがままに石田の後ろを通り
    奥のテーブルへ移動する。
    石田は井上がテーブルまで行ったのを見
    届けると元の席にゆっくり座る。
石 田「マスター。彼も『松川バーグ』食べに来
    たんじゃないの?」
松 川「あ~・・・、そ、そうですね」
石 田「え?何?『松川バーグ』嫌なわけ?あ
    っ!!」
    石田はバッと井上の方を見る。
石 田「キミがシェフなのか?」
井 上「は?」
松 川「違いますよっ。お客様です、お客様」
井 上「あ、いえ、客ではないんです」
石 田「じゃ、何なんだよ」
井 上「ってか、あなた何なんですか。さっきか
    ら偉そうに人に指図ばっかりして」
石 田「何って、客だよ、客。お客様」
井 上「ああ、そう。僕はマスターに聞きたい事
    があるんで黙ってて」
石 田「フン。何だ、その言い方は。今時の若い
    奴は口の利き方も知れねーな」
    不機嫌になり、パソコンを打ち始める石
    田。
    井上は石田の後ろを通り松川に歩み寄
    る。
井 上「すみません、マスター。お聞きしたい事
    があるんです」
松 川「はい。何でしょう?」
    松川は井上に向き合う。
井 上「ここに毎日通われている石田一という方
    をご存知ですか?」
松 川「ええ」
井 上「すみませんが、石田さんが来られたら教
    えてください」
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