松川バーグ
松 川「・・・あの方ですけど」
    松川は井上の後方に座っている石田を指
    差す。
    井上はじわーっと首を回して指を指され
    た方を見る。
井 上「・・・・」
    井上はじわーっと首を戻してもう一度松
    川に言う。
井 上「あのぉ、小説家の石田一先生が・・・」
    井上が全部言う前に佐藤が言葉をかぶせ
    て来て石田を指差す。
佐 藤「だから、あの人だって」
    井上はもう一度じわーっと首を回して石
    田を見る。
    石田はさっきより勢い良くガチャガチャ
    とパソコンを打っている。
    井上は首を戻すと目を閉じて一度大きく
    深呼吸する。
井 上「・・・・・・ふぅ」
佐 藤「ん?どうした?」
    井上は佐藤を無視して一瞬ブルっと身を
    震わすと物凄く姿勢良くスッスッと歩い
    て石田の斜め後ろに移動すると、深々と
    頭を下げて声を張る。
井 上「初めましてっ、石田先生っ」
佐 藤「あ、今までの事、無かった事にしようと
    してる」
井 上「今日から先生の担当になりました、宝南
    社(ホウナンシャ)の井上博と申します。宜し
    くお願いしますっ」
石 田「はぁ?担当?」
    石田は手を止めて井上を見る。
    井上は姿勢を戻して満面の笑みを石田に
    向ける。
井 上「はいっ」
佐 藤「わっ。この子心臓強っ」
石 田「前の奴はどうしたんだよ」
井 上「はい。先生に原稿を締め切りまでに上げ
    てもらえなかったので飛ばされました」
    元気よく答える井上。
石 田「あっそ」
    石田は再びパソコンを打ち始める。
佐 藤「わー、ひとごと」
井 上「ですから、僕は先生に締め切りを守って
    もらう為に、先生が毎日通われてるとい
    うこの喫茶店に先生を見張りに来まし
    た」
佐 藤「なるほど」
石 田「マスター。客じゃない人間は追い出した
    方がいいんじゃないの?」
    井上はサッと最初に石田に促されたテー
    ブルの椅子に座る。
井 上「マスター。自慢のオリジナル手作り煮込
    みハンバーグの『松川バーグ』1つお願
    いします」
佐 藤「記憶力凄っ」
松 川「感心してる場合じゃありませんよ。『松
    川バーグ』が定着しつつあるじゃないで
    すか」
    松川は佐藤の肩をバシッと叩いてからカ
    ウンターへ向かいながら井上に声を掛け
    る。
松 川「はいはい。ハンバーグですね。コーヒー
    はどうですか?」
井 上「あ、水で大丈夫です」
松 川「そうですか・・・」
    井上は注文を終えると椅子の向きを石田
    の方を向け、膝を揃えて座り、石田をじ
    っと見つめる。
石 田「・・・」
井 上「・・・」
    石田はパソコンを打つ手を止めて井上を
    見る。
石 田「書き上がるまでずーっとそうしてるつも
    りか?」
井 上「もちろんです」
    笑顔で答える井上。
    石田は大きく溜息をつくとパソコンを打
    ち始める。
    佐藤はゆっくり立ち上がって、何気に石
    田の後ろを通りながらパソコンの画面を
    確認しつつ井上のところまで行き、石田
    に聞こえない様に井上に問いかける。
佐 藤「因みになんだけど、あの先生が今書いて
    るのは、詩かなんかなのかな?」
井 上「何言ってるんですか。石田一って言った
    ら『これが三成』を書いた歴史小説家で
    すよ」
佐 藤「知ってます」
井 上「知ってるんですか?」
佐 藤「ええ、さっき大先生から聞きましたか
    ら」
井 上「だったら、詩なんて書かないってわかっ
    てますよね」
佐 藤「ええ。そうだろうなぁとは思ってます
    よ。ただキミがここで見張ってるって言
    うから、今日にでも仕上がるような物を
    書かれれてるのかなと思ってね」
井 上「そうですよ。もう締め切り過ぎてるんで
    すから、今日には仕上げてほしくて来た
    んです」
佐 藤「仕上がりますかね」
井 上「休憩時間削ってでも、仕上げてもらいま
    すよ」
佐 藤「いや、そのくらいじゃ無理でしょ。あの
    人ああやってパソコンカチャカチャして
    ますけど、書いたり消したりで結局まだ
    2行しか書いてませんよ」
井 上「ええええーっ!」
    井上は大声で叫ぶとバッと石田の背後に
    駆け寄りグッとパソコンの画面を覗き込
    む。
石 田「何だよっ」
    石田は慌ててパソコンを閉じる。
井 上「2行しか書いてないじゃないですか
    っ!!」
    石田は佐藤の方を見る。
石 田「おいっ、コーヒー屋っ。余計なこと言っ
    たろっ」
    井上は石田の視線を遮るように立ちはだ
    かる。
井 上「そういう問題じゃないんです」
石 田「うるさいなー」
    佐藤はカウンター越しに松川の方へ寄っ
    て行く。
佐 藤「あの編集君が大先生を撃退してくれるか
    もしれませんよ」
松 川「おお、なるほど」
佐 藤「あの人さえ封じ込めればオリジナル感は
    消せるハズです」
松 川「さすが佐藤さん。冴えてますね」
    佐藤と松川がニンマリ笑いあった時、石
    田が呼びかける。
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