松川バーグ
石 田「マスターっ。こいつの『松川バーグ』遅
    いんじゃねーの?」
松 川「もう持って行きますっ」
    松川はハンバーグの器をトレーに乗せて
    カウンターから出て来て一番奥の井上が
    座っていた席に置く。
    佐藤はそのままカウンターの席に座り、
    松川は佐藤の器とコーヒーカップをトレ
    ーに乗せてカウンターの中に戻る。
石 田「ほら、あっち行って食え。そんなベッタ
    リ後ろに立たれたら書けるものも書けな
    くなるんだよ」
井 上「立ってなくても書いてないじゃないです
    か」
佐 藤「(小声で)その通り」
松 川「折角なんで温かいうちにどうぞ」
井 上「そうですね」
    井上はハンバーグが用意された席に戻っ
    て鼻から息を思いっきり吸い込む。
井 上「んーっ。いい匂い。では、頂きます」
    井上は手を合わせると、ハンバーグを口
    に運ぶ。
井 上「ん?」
    ニコニコ食べ始めた井上だが、だんだん
    と真顔になって二口目を口に運ぶ。
井 上「・・・」
    井上はしっかり味わってゴクッと飲みこ
    むと同時に立ち上がり力いっぱい叫ぶ。
井 上「美味しーーーーっ!!!」
    その声で全員が一斉に井上を見る。
    井上はカウンターとテーブルの間をブツ
    ブツ言いながら歩き始める。
井 上「なんなんだこれはっ。たかが喫茶店のハ
    ンバーグがこんなに美味しくていいの
    か?これは高級レストラン並みの美味し
    さじゃないのか?このハンバーグをこの
    ままこんな所に埋もれさせておいていい
    のか」
松 川「なんか、結構失礼な事言ってないか」
    石田は一旦前を向くが、行ったり来たり
    する井上の方を振り返る。
石 田「何やってんだ。どこにいても目障りな奴
    だな」
    井上は入り口に近いテーブルの辺りで立
    ち止って、皆がいる方を見る。
井 上「僕はですね、元々食べることが大好き
    でグルメ雑誌の編集者になりたかったん
    ですよ」
石 田「あっそ」
    石田はテーブルに向き直り、パソコンを
    打つのを止めてた食べかけのハンバーグ
    に手を付ける。
井 上「入社以来、ファッション誌に配属されて
    早3年。今回やっと念願叶ってグルメ雑
    誌に異動させてもらえるってことになっ
    たのに、石田先生の担当が辞めたもんだ
    から、代わりに行けって言われて」
    井上は佐藤の所まで小走りで近寄り、佐
    藤に訴えかけるように話し出す。
井 上「一週間以内に石田先生に書き上げてもら
    えたらすぐにグルメ雑誌に異動させてや
    るって言われたんですよぉ」
佐 藤「なるほど。で、書き上げてもらえなかっ
    たら?」
井 上「うっ・・・」
    井上は顔面を崩す。
井 上「サウナ雑誌に行かされるんです~~~」
佐 藤「あらま」
石 田「ああ、もう、ハンバーグが不味くなるか
    ら帰れ、帰れ」
井 上「いいえっ、帰りません」
    井上はクルッと踵を返してツカツカと石
    田に歩み寄る。
井 上「書き上げてもらうまでは離れません」
石 田「あっそ。勝手にすれば」
    石田がハンバーグを食べ続ける。
井 上「いや、書いて下さいよ、本当に」
    井上は中腰になって石田を拝むように手
    を合わせる。
石 田「そーだなぁ」
    石田は人差し指をクックっとやって井上
    に近づくように促す。
    井上は石田に顔を寄せる。その後ろから
    そっと佐藤も近づいて耳を傾ける。
石 田「マスターから『松川バーグ』のレシピを
    聞き出したら、1週間以内に書いてやっ
    てもいいぞ」
井 上「えーーーーっ!本当ですかっ!」
石 田「お前いちいち声がでかいんだよ」
    井上が石田に説教されている隙に佐藤は
    カウンターに戻り松川に報告する。
佐 藤「まずい。編集君、大先生の犬になっちゃ
    った」
松 川「ええ?なんで?なんで?いつの間にそん
    な事に」
佐 藤「落ち着いて、マスター」
    そこに足取りも軽く井上が近づいて来
    る。
井 上「マ~スターっ」
佐 藤「わっ、あざとい女の言い方」
井 上「『松川バーグ』めちゃくちゃ美味しいん
    ですけどぉ、どうやって作ってるか教え
    て下さいよぉ」
松 川「それは企業秘密だから教えられません」
井 上「え~。でも、ソースにとりあえず玉ねぎ
    は入ってますよねー」
松 川「言えません。佐藤さんも何とか言ってく
    ださいよ」
佐 藤「それ聞くんだったら、ちゃんと食べてか
    らの方がいいんじゃないの?まだ食べ終
    わってないでしょ」
井 上「確かに。冷める前に食べよっと」
    井上は席についてハンバーグを食べ始め
    る。
    佐藤は松川に声を掛ける。
佐 藤「もうゲロっちゃいますか?マスター」
松 川「何言ってるんですか。無理ですよ」
佐 藤「でも、あの2人にタッグ組まれて言わな
    い自信あります?」
松 川「そこは佐藤さんがガードしてください
    よ」
佐 藤「いや、無理無理」
松 川「諦めないで下さいよ。この地で『喫茶マ
    ツカワ』の看板を掲げてお客様に心を込
    めてコーヒーをお出しして15年。信用
    と信頼を大切に店を守ってきたんです。
    それを佐藤さんと取引した事によってウ
    ソつく羽目になってるんですから」
佐 藤「客の反応がいいからって調子に乗って言
    い過ぎてるのはマスターでしょ」
松 川「とにかく、9割は佐藤さんのせいなんで
    すから、頑張ってくださいよ」
佐 藤「絶対9割押し付けてくる~」


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