松川バーグ
三栗屋「やっぱりここだ」
松 川「いらっしゃいませ」
三栗屋「あの、ここはレストランではないんです
    よね?」
松 川「ええ」
    松川はいい声を出して答える。
松 川「こだわりのコーヒーをお出ししておりま
    す、喫茶店です」
佐 藤「コーヒーの香りはしてませんけどね」
石 田「コーヒーのことならマスターじゃなくっ
    て、そこにいるメーカーさんに聞いたら
    いいんじゃないのか?」
佐 藤「そう、メーカーさんに・・・。っ!俺
    か」
    佐藤は立ち上がって三栗屋に歩み寄る。
    三栗屋は店内を見渡している。
佐 藤「ええー、コーヒーはですね。えっと~、
    豆、そう!豆が一番大事なんですよ」
    三栗屋はスマホを取り出して店内の様子
    を写してから佐藤が最初にいた入り口に
    一番近い席に座る。
佐 藤「わー、全然人の話聞いてない」
    三栗屋はテーブルのメニューを手に取っ
    て見た後、石田のテーブルの器を指差
    す。
三栗屋「それって、ここに書いてある『当店オリ
    ジナル手作り煮込みハンバーグ』です
    か」
石 田「ああ。通称『松川バーグ』な」
    三栗屋は松川の方を振り返る。
三栗屋「『松川バーグ』1つ下さい」
松 川「はい。コーヒーはどうしますか?」
三栗屋「いりません」
松 川「・・・そうですか」
    三栗屋は座ったまま再びスマホで店内を
    取り始める。
    松川が三栗谷にハンバーグを運んで来
    る。
三栗屋「早いですね」
松 川「ええ、こればっかり出るので」
    三栗屋はスマホを置くと目を閉じてハン
    バーグの匂いを思いっきり吸い込む。
三栗屋「いただきます」
    三栗屋は両手を合わせるとゆっくりハン
    バーグを口にする。
三栗屋「・・・こ、これは」
    小刻みに震えだす三栗屋。
井 上「ごちそうさまでした」
    井上は食べ終えてから、三栗屋の近くに
    いる松川にすり寄る。
井 上「マスター。玉ねぎは絶対入ってましたよ
    ね」
松 川「今それどころじゃないんだよ。ハンバー
    グ食べてこの人震えだしちゃって」
    井上はテーブルの方を覗き込んで三栗屋
    の顔を見る。
井 上「大丈夫ですか?・・・あーーーっ!!」
石 田「またでかい声出しやがって、うるせー
    な」
    井上の大きな声に佐藤も石田も三栗屋を
    見る。
井 上「三栗屋さんですよねっ?」
石 田「三栗屋?彼も作家か?」
井 上「違いますよっ。三栗屋さんは登録者数
    100万人越え、紹介した店は人が集まり
    過ぎてパンク状態となり対応しきれず、
    逆につぶれる羽目となった店は数知れず
    のグルメ系ユーチューバー、三栗屋龍さ
    んじゃないですか」
石 田「ユーチューバー?」
松 川「まさか、このハンバーグを紹介するつも
    りじゃないでしょうね」
    ビビり始める松川。
佐 藤「そんな100万人に紹介されたら、フェイ
    ドアウトはもう無理です」
石 田「フン。100万人だか何だか知れねーけ
    ど、キミにこのハンバーグの美味しさが
    分かるのかね」
佐 藤「あ、あの人10万部のプライド傷つけら
    れてる」
    三栗屋は誰の言葉も入って来ない様子で
    まだワナワナと震えている。
井 上「石田さん。その言い方は三栗屋さんに失
    礼ですよっ。謝ってくっださい」
石 田「お前に関係ないだろ」
井 上「いいえ関係あります。僕も100万人の中
    の一人なんですから」
石 田「はぁ?お前、僕の本は買ったことあるの
    か?」
井 上「・・・いえ」
石 田「あ~、そう。じゃあもう書くの止めた。
    さっきの話無しね」
井 上「えーーーーっ!そんなぁ。それとこれと
    は別の話でしょ」
石 田「別じゃねえ」
    揉めている石田と井上を無視して三栗屋
    は立ち上がり松川の手を取り両手でグッ
    と握りしめる。
三栗屋「この味、このソースの味。これこそがず
    っと探し求めていた味です」
松 川「あ~、それはどうも。お口に合ったのな
    ら何よりです」
    松川は三栗屋の勢いに押されながらも三
    栗屋の手を剝がすように離す。
三栗屋「合うとか合わないとかそういう事じゃな
    いんです」
松 川「ん?」
三栗屋「僕が子供の頃、一度だけ食べた思い出の
    味なんです」
石 田「それはおかしいだろ」
    石田は座ったまま三栗屋の方を向き、腕
    と足を組む。
石 田「これは半年前から急にマスターが作り出
    したオリジナルな味だぞ。キミが子供の
    頃に食べた味なわけないだろ」
三栗屋「半年前?」
松 川「ええ、そうなんです」
三栗屋「いや、そんなはずはない。いろんな肉の
    部位を混ぜてミンチにした脂身がソース
    に移って旨味が増幅してるけど、このソ
    ースの味は間違いなくあの味です」
    石田は半笑いになる。
石 田「100万人だか何だか知らねーけど」
佐 藤「あの人が一番100万人に拘ってる」
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