どこまでも
 朝方、まだ陽が上がる前。家に戻ると、部屋の電気はついたままだった。体中にまだ禄朗の匂いが沁みついて残っている。体の奥もじゅんと潤ったままだ。あれからもう一度抱き合って食事をし、連絡先を交換し合って別れた。

 禄朗の出発はまだ未定だが、日本での準備が整い次第向かうということだった。それまでに片付けなければいけないことは山積みだ。仕事も辞めなきゃいけないし、明日美とも話し合わなければならない。

 優希の勝手に振り回してしまうことは申し訳ないけど、もう二度と禄朗と離れたくはなかった。

「……ゆうちゃん?」

 ふいに寝室から声がして、明日美が姿を現した。

「あっ……、起こした?」
「ううん」

 フラつきながら歩いてくる明日美の目の下にはくっきりとクマができている。あまり眠れていなかったのだろう。優希の元へたどりつくと強く抱きついて声を震わせた。

「よかった……っ、帰ってきてくれた……」
「ごめん、心配かけて」
「本当に、心配したの。何かあったのかと思って……連絡も取れなくて……怖かった」

 腕の中の明日美は少しやつれたようだった。帰れないと連絡を一本してあげればよかったと申し訳なく思う。

「ごめん、余裕なくて、連絡できなくて……」

 肩を震わせ優希から離れない明日美の背中を撫でながら、どうやって別れを切り出そうかと考えてしまう自分はなんて冷たい人間なんだろう。

 明日美との間のずれは一気に生じ、取り返しのつかないところまで来ている。

「ごめん」
「ゆうちゃん……っ」

 とりあえず落ち着かせようと明日美の肩を抱いた。禄朗と違って細くて柔らかい女の体。数日前までたったひとりの大事にしていた妻の体が、今はとても他人のものに思えてしまう。

「ごめんね、ぼくは大丈夫だから……落ち着いて?」
「……っ」

 なだめるように抱きしめながら寝室へと連れていく。興奮が落ち着くまで、ベッドで添い寝した。静かな寝息が聞こえてくるまでは、そんなに時間がかからなかった。
< 14 / 107 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop