どこまでも
 乱れた前髪をかきあげると、若々しかった明日美が一気に老け込んでしまった。弾ける若々しさは鳴りを潜め、濃いクマに縁どられたまぶたは落ち込んでいる。

 どれだけ心配をかけたのかと思ったら胸が痛む。彼女には何の落ち度もないのだ。被害者でしかない。こんな男でごめんね、と聞こえていない明日美に囁く。

「こんな、ろくでもない男でごめん」



 幸せにしてあげたいと思っていた。それは嘘じゃなかった。優希に笑顔を取り戻してくれた彼女を、大事にしていこうと思っていたのに。



 禄朗は逃げられない麻薬のようなものだ。魅せられて一度触れてしまったら逃れることはできない。そしてその深みに望んではまり込んでいくのは、優希の意思だった。

 ベッドから抜け出るとひっそりとしたリビングへと足を忍ばせた。隅々まで綺麗に片付けられた清潔な部屋に、もう自分の居場所はないのだ。今の優希からは遠く離れた世界に代わってしまった。


 カーテンを開けると遠くがほんのりと色づき始めている。新しい一日が始まろうとしていた。ふいにポケットの中にしまっていた端末がメールの着信を告げた。

「……」

 見ると禄朗からで、『早くお前に触れたい』とたった一言。

「……今更マメかよ」

 欲しいと思っていたころは一度も連絡もよこさなかったくせに。散々抱き合ったあとで施される勝手に、小さな笑みが漏れる。

 __好きだよ。

 もう二度と口に出せないと思っていた気持ちが胸の奥から湧き上がる。早く会いたいのは優希も同じだった。

 端末を唇に当て、禄朗と初めて出会った時のことを思い出していく。
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