どこまでも
「……なに」
「あのね、わたし」

 嬉しそうに言葉をつなぐ明日美から視線がそらせない。なんで今?とか、どうして?とか、嘘だろ?とか。思わず口から出てしまいそうな言葉をなんとか飲み込む。

「……本当に?」

 そう聞き返すと明日美はコクリとうなずき、嬉しそうに頬を高揚させた。

「予定日は五月だって」
「五月」
「なんだか体調がすぐれなくて、そういえば生理も来てないなって……もしかしてって思って、あの日レストランに行く前に病院へ行ってきたの」

 どうしよう!わたしたちついにパパとママだって、と明日美は嬉しそうに笑っている。

「そうか」

 言葉が繋げない。

 禄朗に会ってしまう前に聞かされていたら、きっと迷いなく心から喜べていた。明日美を抱きしめ、よかった、うれしい、体を大事にするんだぞ、とおなかを撫でていただろう。

 だけどなんで今なんだ?

 顔色をなくす優希に気づき、明日美は悲しげに眉を寄せた。

「……うれしくなかった?」
「いや、そんなはずないよ。その、突然すぎて……びっくりして」

 おめでとう、と絞り出すように言葉を出す。

「本当に明日美のおなかの中に、ぼくの子供が」
「うん、そうだよ。ここにいるの」

 愛おし気におなかに手を当てて、明日美は微笑んだ。まだペタンコなそこに、新しい命が宿っている。ふいに優希の腹の奥がずくんと鈍い痛みを発した。

 ここに残っている禄朗の種は命を芽生えさせることはない。どんなに濃厚に何度もそそがれても、優希のおなかの中では命を育めない。

 そういうことなんだ、とガツンと殴られるような衝撃があった。思い知らされる。どんなに禄朗と体を繋げても、どんなに好きでも抱き合っても、自分たちではその先を掴めない。体だけの関係がどれだけ続いたとしても、未来には何も残らない。

 はは、と乾いた笑いが漏れた。これは天罰なのか。

 禄朗に与えられる快楽によって吐き出され、シーツやお互いの腹の間で冷えて拭い去られてしまう優希の種は、こうやって明日美の中で命を宿した。どんなに求め合っていても、禄朗とでは成しえない生命の理を目の当たりにする。

 どんなに好きでも、優希は禄朗の子を成せない。その反対もしかり。明日美のように、体に命を宿すことができないのだ。
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