どこまでも

 禄朗から連絡がきたのはそれから数日後のこと。

「出てこれる?」

 電話先に聞こえてくる甘さを含んだ声に誘われて、胸が高鳴るのを感じる。また会えると思うだけで幸せな気持ちになるこれを、どうして捨てられることができるというのか。
 
 待ち合わせ場所のバーの扉を開くと、カウンターに腰かけて楽しそうにお酒を飲む禄朗の姿が真っ先に飛び込んできた。ああ、大好きだ、と反射的に思うのはどうしようもない。

 優希に気がつくと、軽く手をあげて合図を送ってくる。並んでお酒を飲んでいたら、当然彼の腕が腰を抱いてくる。その手のひらの大きさも体温が伝わるのも、すべて優希をときめかせる。

 熱くなる頬をごまかすようにグラスを当てていると、ふいに禄朗が話題を変えた。

「この前は大丈夫だった?」
「この前?」
「明日美ちゃん、怒ってなかった?」

 ああ、そのことかと途端に気持ちが重くなる。
 
「うん、大丈夫だった。でも寝ないで待ってたみたいだから可哀そうなことをした」
「ふーん、健気だね」

 マスターにお代わりを頼みながら、禄朗の手は優希のお尻の曲線を軽く撫でていく。

「今日はどうなの?」
「……遅くなるって、連絡しておいた。先に寝てていいよって」
「そ」

 正直なところ、これからどうすればいいのかわからない。現実として、あのままの明日美を放ってはおけないだろう。彼女にはなんの罪もなく、まして子供に可哀そうな思いをさせるのは気が咎めた。

 偽善でも、もっとひどいことをしている自覚があってもどうしても捨ておくわけにはいかない。

 かといって禄朗と別れることができないのはわかっていた。耐えられるはずがない。声を聴いてしまえば、会ってしまえば、たまらなく恋しい。好きで、好きで、彼でいっぱいになってしまう。

 そんな懊悩(おうのう)に気がつかないで禄朗は楽しそうにお酒を口にし、優希に触れる。触られた場所から熱を持ち、もっと留めてほしいと願ってしまう。

 「好きだよ」と優希はつぶやいた。
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