どこまでも
「明日美」と優希は穏やかに声をかけた。

「なあに?怖い顔して」
「うん、ごめんね。話さなきゃいけないことがあるんだ」

 彼は息を吸い込み気持ちを落ち着けると、明日美に告げる。

「アメリカに行こうと思ってる」
「え?」

 明日美は突然のことに大きな瞳をぱちぱちとさせ、首をかしげる。

「転勤ってこと?」
「違う。ぼくだけがいく。明日美は連れて行かない」
「単身赴任ってこと?みっちゃんの会社、海外支社なんかあったっけ??」
「……ごめん、言い方が悪かったね」

 ぎゅっとこぶしを握り締めて、弱気になる心を叱咤(しった)する。もう決めたはずだ。

「別れてほしい」

 頭を下げ、震える声で離婚を切り出した。明日美は何も言わないまま固まっている。

「好きな人がいるんだ、その人とアメリカに行く」
「なに、を……言ってるの……?」

 明日美の声も強ばっている。

「何?ゆうちゃん、誰?好きな人って……え?どういうこと?」
「ごめん。謝ってもどうしようもないけど、ごめん」
「意味わかんないよ!こっち見て」

 強く肩を押され顔を上げると、明日美は立ち上がり顔を赤くして優希を見下ろしていた。

「どういうこと?!なによ、別れるって!アメリカ……なんでそんなことに?」
「ごめん」
「ごめんじゃないよ」

 悲鳴のような声が上がり、その瞬間頬に熱いものが走る。平手でたたかれたとわかって、じんと痛みが遅れてやってきた。

「叩いて気が済むなら、いくらでも叩いてほしい」
「そんなことで気が済むはずないじゃないの」

 明日美がそばにやってきて、優希の顔を真正面から覗きこんだ。

「赤ちゃんがいるんだよ?あなたとわたしの。ここにいるの……絶対別れないから」

 力のままに抱きつかれた。

「幸せになるんでしょ、わたしたち。ゆうちゃんと、この子と、わたしで」

 明日美の声が震えていた。生暖かいものが彼の胸にしみこんでくる。幸せにしようと思っていた。絶対泣かせないと思っていた。

 禄朗がいない世界で、偽りのままの優希ならそれは叶えてあげることができた。でも、もう__会ってしまったのだ。禄朗のいる世界では、優希は彼のものでしかない。そのほかは全ていらない。

「これから、どうしたらいいのか考えるから……」

 せめて明日美が苦労しないで生きていけるように、残せるものは残していこう。あげれるものは全部あげよう。優希にできることはもうそれしかない。
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