どこまでも
 翌朝、明日美が起きる前に家を出た。

 パスポートとチケットはお守りのように肌身離さず持っていく。禄朗と優希をつないでくれる大切なものだから。

 早朝の通勤はいつもより静かで電車に揺られながらこれからの未来に思いをはせていると、自然に笑みが浮かんだ。禄朗の隣にいて笑っている自分。やっと欲しい生活に手が届くと思うと、心の中に暖かな火が灯る。
 
 出社してすぐに有休の申請をすると急な申し出にかなり驚かれてしまったけど、有無を言わせず頼み込む優希。すぐに許可が下りた。

「どうした?なんかあったのか?」
「まあ、いろいろ……すみません、ご迷惑をおかけします」

 申し訳なく頭を下げる彼に、上司は目を見開き言葉をこぼした。

「いや、いいんだけど……びっくりしたよ。お前がこんなに必死になっているのを初めてみたから……」
「やることはしっかり片づけてから取りますので」

 いつもの優希は物静かで、自己主張や希望を口に出すようなことはほとんどしない。自分の要望なんてそんなになかったのだ。

 だけどもう違う。

 たまっていた仕事を片付けるために残業が続いた。

 明日美と顔を合わせてもお互いギクシャクとしている。時間をかけて話し合わなければならないことだとわかっているけど、どうしてもうまく運んでくれなかった。

 明日美は優希の言葉から耳をふさぐ。「離婚はしない」と一転張りのまま。



 「次に会うのは空港で」と言われた通り、禄朗からの連絡は途絶えた。せめて声くらい聴きたいと思うけど今は我慢だ。

 一人の時間ができると航空券を眺めてばかりいた。それが禄朗のもとへ行けるチケット。

「早く会いたい」

 会って抱きしめられたい。何度もつながりたい。禄朗だけでいっぱいにしてほしい。

 



 だけど、現実はそう甘くなかった。
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