どこまでも

「ゆうちゃん……」

 真っ青な顔の明日美が優希にしがみついてきたのは、アメリカに出発する前日の深夜のことだった。

「明日美?!大丈夫か?」
「……助けて」

 一人では立ち上がれないらしく、震える声で「どうしよう」と呟いている。

「明日美??何があった?」
「助けて……」
 
 涙をぼろぼろとこぼしながら「赤ちゃん」と訴えてくる。

「赤ちゃん?」
「血が……」

 ガタガタと震える指でおなかをさす。

「止まらないの、さっき、急に痛くなって、トイレに行ったら……血が」

 見ると明日美のスカートに血が染まってきている。優希からも一気に血の気が失せた。

「おい、しっかりしろ!救急車呼ぶから、明日美!」
「助けて……お願い、わたしたちの」

 そのまま痛みのせいか顔色をなくした明日美はおなかを抱えてうずくまった。一刻も争うと救急車を呼び、駆け付けた隊員に事情を話す。手際よくタンカに乗せられ運ばれていく明日美を呆然と見つめていたら、隊員に急かされた。

「早く一緒に乗ってください!」
「でも」
「早く」

 真っ青な顔で横たわる明日美には血の気が感じられらなかった。うわごとのように優希の名を呼ぶ。

「ゆうちゃん……」
「ここにいるよ」

 サイレンが深夜の街に鳴り響く。ガタガタと揺れる救急車の中のイスに座り手を握ると、安心したように瞳を開けた。

「助かるよね」
「大丈夫だ」

 うん、と頷く明日美は再び瞳を閉じる。痛みが強いのか時々うめき声をあげる姿を見ているだけで心臓がつぶされそうだ。

 助けてください、と何度も祈った。

 彼が明日美を顧みず裏切っていたから罰が当たったのかもしれない。罪を犯したのは彼であって、明日美は被害者だ。罰が当たるなら優希にしてほしかった。

 どうか彼女をつらい目に合わせないでください__

 そう願いながら、一番傷つけつらい目に合わせているのは優希本人なのだ。それを嫌というほど叩きつけられる。

 どうか、と祈るように明日美の手を握った。彼女もおなかの子供も無事でありますようにと。
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