どこまでも
 病院につくと、すぐに明日美は処置室へ運ばれていった。ガラガラとストレッチャーが暗い病棟の中を走り、慌ただしくかけつけるドクターやナースにお願いしますと頭を下げる。

 処置中のライトがつくと、優希は暗い廊下のベンチに座って祈るように見つめていた。

 じれったいほどの時間が流れていく。誰もいない静かな病院の廊下にひとりでいると、これから味わうであろう明日美の孤独を思った。

 たった一人大きくなるおなかを抱え、途方に暮れている姿を思い描く。時計を見ると、あと数時間で空港へ向かわなければいけない時間になる。

 禄朗は空港で待っている、と言っていた。あれは優希に最後を預けてくれたのだ。答えを出すのはおまえだぞ、と自分の決心を見せてくれた。

 ポケットの中のチケットを取り出し、眺める。

 禄朗との未来。彼の隣で、彼のためだけに彼の望むままに生きていくはずだった未来。

 優希は小さく息を吐くと、心を決める。



 前回は禄朗が優希を捨てていった。だけど、今回は優希が彼を捨てるのだ。震える指でチケットに手をかける。

 ビっと高い音がして、チケットに亀裂が走った。そのまま一気に引き裂く。半分になったチケットをさらにこまかくしていった。

 それはまるで優希の心を破いていく作業に似ており、強い痛みが伴う。

「愛してる」

 大好きでたまらないけど、でもさよならだ。

 優希は細かくなったチケットを掴むと、近くにあったゴミ箱へ放り投げた。

 もう戻らない。明日美を捨てることなんて、彼にはできなかった。
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