どこまでも
 「こちらお願いしまーす!」と小さなビラを渡され、何気なく目を止めた優希。ギクリと動きが止まる。

 それは明日から開催されるという写真展の案内だった。

 『オリオンの行方』と題された展示会の広告。そこに映された写真は、ひねられたウエストの上にある小さなオリオン__見覚えがある三つ並んだほくろと、四つの赤いキスマークのついた道しるべだった。

 カメラマンの名前は『須賀禄朗』。

「……っ」

 思わず落としたビラを明日美が拾い、「やだ」と顔をしかめた。

「ちょっと子供には見せたくないよね……」

 それがまさか優希のものだとは知らず、不快感をあらわにする。

「……そうだね」

 帰っていたのか。

 今、この場所に禄朗がいる。もう二度と会えないと思っていたのに。目の前が真っ暗になっていくのがわかる。めまいに襲われ、グラリと体が揺らいだ。自我が保てないほどに。

「……ゆうちゃん?」

 訝し気に明日美が顔を覗き込んできたその時だった。ふいに背後に聞きなれた低い声が響いた。

「それじゃ明日からよろしくお願いします」
「楽しみにしてるよ」

 恐る恐る振り返る。会ってしまえばどうなるかわかっているのに、見ずにはいられなかった。
 
 華やかなショップの連なる中、シンプルで小さな間口がぽっかりと口を開けている。ひっそりと存在する画廊から出てきた男が、いかにも芸術家と思われる初老の男性に頭を下げているところだった。

「禄朗」

 思わず名前を呟いていた。

 そこにいるのは紛れもなくあの日別れた禄朗だ。優希が愛したままの姿で、笑顔を浮かべている。

 ほんの少し痩せたかもしれない。さらに精悍(せいかん)さを身にまとい、強いオスの気配を漂わせてそこに存在している。
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